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【読書】角田光代『対岸の彼女』

2023-11-22

とにかくすごい、書き出しの一文からすごい。
「私って、いったいいつまで私のまんまなんだろう」

これは正直、「国境のトンネルを抜けると…」並の名書き出しだと思った。


家庭を持ち、我が子に似て人付き合いが苦手な娘の子育てに奔走する小夜子。小さいながらも会社を持ち、「女社長」としてバリバリ働く葵。

対照的に描かれる2人だけれど、その過去には「グループを作ってつるむことに馴染めなかった」という共通の学生時代がある。

社会的に貼られたレッテル。女だから、母だから…。
あることないこと書き立てる週刊誌。家出から帰った少女に見せる、両親の不気味なまでの優しさ…。


たぶん、人間は嫉妬の生き物なのだろう。
周りに対してないものねだりをして、自分ではない誰かになりたがる。
その一方で、自分は自分でしかなく、決して他人にはなれないことを知っている。むしろ、自分という一番大切な人を、赤の他人にたやすく代わられてたまるか、みたいなプライドすらある。

自分だけが取り残されて、仲間だと思っていた人がちがう場所へ行ってしまうことを恐れていた青春時代。
その名残をどこかに引きずったまま、人は心からわかり合えないまま、社会を形作っている。

でも、小夜子は葵やママ友のちょっとした摩擦をきっかけに、その考え方を少しずつ変化させていく。

なぜ私たちは年齢を重ねるのか。生活に逃げこんでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ。

『対岸の彼女』角田光代. 文春文庫. 2007. p321

読み終わって、文庫本の裏表紙を見ると、「直木賞受賞作」とある。
おお、なるほど名作である。

というか、角田光代さんが好きと言いつつ、そんな基本情報すら知らない自分に失望した…。
この年に至るまでこんな名作を読んでいなかった恥ずかしさを感じつつ、でも初読の感動をこの年になるまで大事にとっておけばことに誇らしさを感じてもいる、そんな休日前夜。ビールが飲みたい。

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