ディック短篇集ガイド(私の愛するディック本②)
SF界の "鬼才" と呼ばれる作家、フィリップ・K・ディックに関する記事を書いています。
前回は、自分の好きな "長篇作品" に関する投稿だったんですが、今回は、主に "短篇集" についての記事になります。
ただし、内容としては備忘録的でマニアックなものとなっていて、ディックに興味のない方には苦痛を伴うかもしれません!
でも愛を込めて書いているのでご了承ください。
(前回の記事はこちら)
この記事は各短篇集の収録作品データが中心で、文字数が8500字超になってしまったため目次を入れます。
◎ディックの短篇が存分に楽しめる『ディック短篇傑作選』
前回の記事でも触れたのですが、フィリップ・K・ディックの面白さって、奇想ともいえるアイディアにあるんですよね。
そんなディックの良さが現れてるのは、やっぱ短篇だと思っていて、ふとした違和感から生じる不安感や、異世界の感触、時には風刺的に、ディックらしいウィットを楽しむことが出来るのです。
多分、初めてディック作品を読むならば、短篇集から始めるのがベターだと思います。
では、どの短篇集を? となりますが、
現在なら、ハヤカワ文庫SFからリリースされている6冊の『ディック短篇傑作選(大森望・編)』が間違いないチョイスです。
■ ディック短篇傑作選(大森望・編)
この『ディック短篇傑作選』の収録作品については、以前、MOHさんが記事でまとめてくれているので、ぜひ参照ください。
このシリーズには、代表作や有名作を含め、キャリア初期から死後に発表された作品、また、初めて翻訳されたものまで、ディックの残した全短篇の約半数となる64篇が収録されています。
カバーデザインも格好いいし、多分、全世界的にみても、優れたデイックの短篇集だと思うんですよね。
こういう作品集が日本にあるということに感謝なのです。
ただ、自分にとっては、これまで読んだ短篇も多くて、やっぱ、この短篇傑作選に当たっての初収録作品が気になるのです。
◎ディック短篇集の変遷について
ここからマニアックな ”短篇集” に関する話になります。
ハヤカワの『ディック短篇傑作選(大森望・編)』(この後『短篇傑作選(大森編)』と短縮して表記します。)は、日本オリジナルの短篇集です。
ディックは生涯で120を超える短篇小説を残していながら、生前は『The Best of Phillip K. Dick』と『The Golden Man』という2つの短篇集しか編纂されなかったんです。
そのため、残された未収録の短篇を、”日本オリジナルで編纂した短篇集” が、けっこうあるんです。
これから、ディックを読み始める人は、先ほどの『短篇傑作選(大森編)』で間違いないのですが、これまで、いろんな短篇集を読んできた方は、すでに自分が何を読んで何を読んでないか分からなくなってる人も多いんじゃないかと思います。(←自分だろ!)
そんなディックファンのみなさんに向け、ガイド的に『短篇傑作選(大森編)』への収録/未収録の別も含めて、私が読んできた短篇集を振り返っていきたいと思います。(自己満すいません。)
■ ディック短篇集の二つのラインについて
日本オリジナル短篇集はけっこうな数があるのですが、大きく分けて、浅倉久志・編と仁賀克雄・編の2つのラインがあります。
後者の仁賀克雄さんは、私の中では幻想/怪奇の印象が強い方なんですが、筑摩書房や論創社など、渋めなとこでディックの短篇集を編纂してます。
また、浅倉久志さんの方は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』をはじめとした数々のディック長篇の訳者で、私世代にとって、ディックと言えば浅倉さんのイメージなんです。
当然、多くの短篇も訳してますし、短篇集の編者も担っていて、私が最初に買ったディック短篇集も浅倉久志・編のオリジナル短篇集でした。
ということで、まずは浅倉久志ラインから紹介していきます。
■ 新潮文庫のディック短篇集(浅倉久志編)について
私が初めて買ったディックの短篇集は、新潮文庫から1987年にリリースされた『悪夢機械』とういう日本オリジナル短篇集で、その後、断続的に、『模造記憶』(1989)、『永久戦争』(1993)と、計3冊がリリースされました。
新潮社も(大森望さんが編集部に所属していた頃は)、SFをけっこう出版していた時代があるんです。
このディック短篇集は表紙イラストがH・R・ギーガーだったりして、SF少年の心をガッツリつかんだシリーズでした。
※この後、各短篇集の収録作品を紹介していきますが、『短篇傑作選(大森編)』に未収録のものには下線を入れるとともに、タイトルが変わっている場合は付記しています。
各短篇集のタイトルから伺えるように、大まかに機械系(偽物系)、記憶系、戦争系のテーマで編まれていますが、『悪夢機械』には、後に映画化される「調整班」や「少数報告」なんかも含まれていて、浅倉久志さんの編者としての確かさが伝わるんじゃないかと思います。
■ ハヤカワのディック傑作集1~4について(『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック』)
ディックの生前にアメリカで編纂された短篇集としては、ジョン・ブラナー編の『The Best of Phillip K. Dick』とマーク・ハースト編の『The Golden Man』の2冊が存在しています。
日本では、この2冊を合体して、'83~'84年に "サンリオSF文庫" から4冊組の『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック』Ⅰ~Ⅳとして出版されました。
残念ながら "サンリオSF文庫" は、ほどなく廃刊になってしまうのですが、業書の多くは、他社が再収録することとなり、この『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック』も、'91~’92年に、ハヤカワ文庫SFから『ディック傑作集』1~4としてリリースされています。
収録作品や順序は『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック』と同じなんですが、一部新訳になっています。
訳者で言うと(ここら辺がマニアックですが…)、浅倉久志訳はもちろん、大瀧啓裕訳、友枝康子訳、小川隆訳は『ザ・ベスト~』から引き続き収録され、残りの10篇ほどを浅倉さんと友枝さん、大森望さんが新訳にして収録されています。
ちなみに、ここで引き続き収録された大瀧啓裕訳や友枝康子訳、小川隆訳の作品は、『短篇傑作選(大森編)』の方には未収録となっています。(一部は新訳にして収録されてるのですが、ここら辺は大人の事情なんでしょうね。)
編者だったジョン・ブラナーやマーク・ハーストの前書きや、訳者の作品メモ等は仕方ないとして、作品の方も34篇中、下線の14編が未収録となっています。(意外と未収録が多いのです。)
■ その他、ハヤカワのディック作品集について
新潮の『ディック短篇集(浅倉編)』3冊と、ハヤカワの『ディック傑作集』4冊で、62篇を収録してるんですが、まだまだディックの短篇は残っていて、その後も、日本オリジナル短篇集が編纂されていきます。
ハヤカワから『ディック作品集』として、’99年に『マイノリティ・リポート』、'00年に『シビュラの目』がリリースされています。
また、映画『ペイチェック 消された記憶』の公開に併せて、'04年に『ペイチェック』を表題とした短篇集がハヤカワからリリースされています。
ただ、こちらは収録作の大半が、これまでの短篇集からの再録だったので、今ひとつ購買意欲がわかないままになっています。
■ 仁賀克雄ラインの短篇集について
さて、もうひとつのライン、仁賀克雄さんが翻訳・編纂した短篇集についても触れていきます。
仁賀・編はいろんな出版社から何冊か出版されてるのですが、タイトルも似てるし収録作もクロスしてるものが多くて、正直、網羅すると複雑な記事になりそうなので、ここでは、一部の文庫本を紹介していきます。
まず、ちくま文庫でリリースされている2冊についてです。(すみません、私が持ってるのは『ウォー・ゲーム』の方だけでなんですが….)
浅倉・編ラインとは収録作の重なりが少ないのがポイント高で、下線のついた『短篇傑作選(大森編)』に未収録の作品も多いんですよね。
すべて仁賀訳なんで、若干、固い感じなんですが、新たなディック短篇を求めてる方にはお薦めなのです。
そして、もう一冊。
これは、私は未読なんですが、今後、読んでみたいと思ってる短篇集です。
なんと、1976年にハヤカワ文庫NVから、『ディック幻想短篇集』と称して『地図にない町』という短篇集が出版されています。
NV区分なんで、純粋なSFというよりも、幻想やホラーも含む海外エンタメ系です。(ちなみにレイ・ブラッドベリもNVでしたね。)
なるほど、仁賀克雄さんが編者だからこそ、NVっぽいラインナップになってるのかもしれませんね。
ディックがデビューした '52年から '53年、 '54年の作品で編まれてるみたいなんですが、長年、読んでみたいと思っている一冊なのです。(一応、kindle化もされてるようです。)
+ +
ということで、(長々と)私の持ってる短篇集を中心に、『ディック短篇傑作選(大森望・編)』との収録作品の重なりを含めて紹介してみました。
みなさんが、膨大なディックの短篇作品を追いかける際の一助になればと思います!
◎ディックの短篇作品について
次に、短篇作品自体にも触れておきたいと思います。
冒頭、ディックは120篇を超える短篇を残していることに触れましたが、実は作家デビューした '52年の「ウーブ身重く横たわる」以降、50年代には87篇と、全短篇の約7割を発表しています。
長篇作品に軸足を置いた60年代は24篇、70年代以降は6篇と、数は激減していくんで、割合的に、読んでる短篇の大半が50年代のものと思っても間違いはないのです。
ちなみに、短篇集の表題作となってるような代表的な作品を並べてみると、こんな感じです。
■ 個人的に思い出深い短篇作品
個人的には、ユーモアもある50年代作品に好きなものが多いんですが、一番、思い出深い短篇作品となると、やっぱり映画『トータルリコール』の原作だった「追憶売ります」になります。
『ブレードランナー』に続く映画化作品という事で、公開前に原作を読んどかなきゃと、'89年にリリースされた『模造記憶』をワクワクしながら読んだんです。
ただ、読んでるうちに、なんか既視感があってですね….
"私はこの話を知ってる" と… なぜだ?…
記憶テーマの短篇を読んでいて、読んだ記憶があるって感覚自体がディックぽいと思いませんか?
この不思議な感覚を含めて思い出深い作品なんです。
既視感の種明かしをすると、実はこの「追憶売ります」の展開がですね、故・寺沢武一さんのSF漫画『コブラ』の第1話にそっくりなんです。
まあ、「追憶売ります」が '66年で、『コブラ』の連載開始が '79年なんで、寺沢先生が影響を受けたのは間違いないと思うんですが、短篇集に未収録だった「追憶売ります」を、いつどこで読まれたかってことなんですよね。
調べてみるとSFマガジンの 1972年12月号に掲載されてるんで、多分、これかなと思います。
….でも、寺沢先生もSFマガジンを読んでたんだな~って思うと、なんか嬉しいんです☺️
■ 映像化作品の原作短篇
最後に、ディック作品はけっこう映像化されているので、その原作となった短篇を紹介しておきます。
まず、映画についてなんですが、ディック作品の映画化は、実は、長篇よりも短篇作品の方が圧倒的に多いんです。
『トータル・リコール』
『ペイチェック 消された記憶』
まあ、必ずしも原作どおりというわけではなく、短篇のアイディアを生かしながらってパターンが多いので、ディックファンの好き嫌いは分かれるかもしれません。
ただ、それだけディックのアイディアが魅力的ってことだと思うんですよね。
また、数年前に、ディックの短篇をもとにした『エレクトリック・ドリームズ』という、一話完結のドラマシリーズが話題になったのですが、各エピソードの原作短篇と収録短篇集も紹介します。
『フィリップ・K・ディックのエレクトリック・ドリームズ』
映画・ドラマの原作となっているのは、「トータルリコール」を除き、'53~'56年の初期短篇なんですよね。
その時代に、いかにディックが様々なアイディアを産み出していたのかがうかがえるのです。
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前回の記事で、読んだ長篇作品は全長篇の半数にも満たない13冊でしたが、短篇の方は7~8割ぐらいは読んでるので、そこそこ語る資格はあるんじゃないかと思ってます。
長々と8500字も書いてしまいましたが、ディック短篇集の収録作品を整理しておきたいがために書いた記事で、個人的には満足でした。
次にディックの短篇集が出るなら、多分、全ての作品を網羅した "大全集" の形になると思うので、それが出るまでは、ちびちびと未読短篇を減らしていければと思っています。
※ この記事では、ハヤカワ文庫の本が中心となるため、「短篇集」という表記で統一しています。
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