日本でジョブ型の働き方を定着させるために必要なこと
こんにちは!米田 @ マーケティング変革実行中です。
先日渡米した際に岸田総理が「官民をあげて年功序列的な職能給をジョブ型の職務給中心に見直す」と宣言しました。個人的にはとても注目しており、ぜひ日本で長年課題になっていたこの問題が解決する方向に向かってほしいと願っています。今回の記事では、日本でこの変革が成功するために最も重要な要素について考えてみます。
従来のメンバーシップ型雇用との違い
いわゆる「ジョブ型雇用」と対比して用いられる従来型の日本の雇用形態は「メンバーシップ型雇用」と言われます。これは新卒で企業に就職したら、その中で職務を変更しながら定年を迎えるまで1つの企業で勤め上げる形態です。メンバーシップ型雇用を成り立たせるためにはいくつかの隠れた前提があります。
新卒一括採用: 前提として一度就職した企業に一生務めるため、社会人になる最初の段階で一括して採用活動が行われることが前提となります。最近は業界によっては転職組も出てきているものの、伝統的な日本の大企業ではかなり少数派です。日本全体では転職者比率は5%程度に留まっています。
年功序列型の職能給: 新卒で入社してから定年で退職するまでの約40年間の間、在籍年数により給与が上がっていく仕組みです。在籍年数が少ない間は比較的給与が安く設定されている代わりに、会社人生の後半では給与が上がり、退職金も設定されている場合があります。在籍年数さえ増やせばだれでも給与が上がるため将来の給与の予測がしやすく、人生後半で給与が上がることを前提に住宅ローンや生活設計をしている従業員も多くいます。
ジョブ型雇用は、メンバーシップ型雇用でキャリアを重ねる "軸" を90度変更して、「所属する企業を固定、職務を変更」する代わりに「職務を固定」する雇用形態です。メンバーシップ型雇用では、所属している企業における特殊知識のプロになる代わりに、ジョブ型雇用では、専門とする職務に関するプロになります。職務を固定するので、もうひとつの軸である所属企業は変更になる可能性があります。また、昇給は基本的には在籍年数ではなく職務の難易度 (ジョブレベル) により行われます。
ジョブ型雇用導入の課題としてよく挙げられているもの
さて、最近は日本の大企業の中には従来のメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に移行しようとするところが増えています。私が所属している富士通でも、まさにいまこの変革が進行中です。メンバーシップ型雇用では、高度な専門性が要求される能力を伸ばしにくく、特に国際競争力が落ちてきている日本のこの30年を振り返ったときに、外資系企業と同等以上の競争力を獲得して挽回をはかる必要があると考える経営者が増えてきているためであると思われます。また、政府では、これにより停滞している労働生産性の向上や賃上げも期待しているようです。
このジョブ型雇用に移行するために課題となることについて、よく以下のようなことが挙げられています。
職務記述書の作成。業務が人に依存しており一般化されていないため作成が困難。
必要な職務へのマッチングを促進するリスキリングの仕組みが必要。
雇用形態を変更することによる抵抗への対応。チェンジマネジメント。
ジョブ型雇用に適した最新のマネジメント手法や評価制度の取り入れ。
私も富士通でこれらの導入に関わってみて、実際にいろいろ大変であることを実感しています。特に、いままでの慣性の力を違う方向に向かせるチェンジマネジメントは繰り返し地道なコミュニケーションを行う必要があり、骨が折れる仕事です。しかし、大変ではあるのですが、個人的には「各企業でよろしくやればいいんちゃう?」レベルの内容だと思っています。やり方を間違えなければ、きちんと実施していけば目標を達成することができるでしょう。
日本におけるジョブ型雇用の定着に本当に必要なこと
日本にジョブ型雇用を定着させるために官民をあげて取り組まないといけないことは、私の経験からいうと、まず「転職マーケットをきちんと作る」ことだと考えています。
前の記事でも説明しましたが、外資系IT業界では、「株式会社日本IT」とでも呼ぶべき転職マーケットが出来上がっており、「業界内で人材を融通し合える状態」が作り出されています。一方で国全体の状況を見ると、既出のグラフの通り20代の間は転職者数が多いものの、それを越える年代になると転職者比率が極端に下がり、人材流動性がなくなってしまいます。この傾向はこの20年変わっていません。ジョブ型雇用の世界では、何歳になっても転職できるマーケットが整っている必要があります。
私が見る限り、外資系企業間ではITに限らずコンサルティング、金融をはじめとしたさまざまな業種で、50代になっても転職できるマーケットが整いつつあるように見えますが、日本企業間ではまだまだマーケットがありません。
マーケットを作っていくためには以下のようなことをクリアしていく必要があります。
採用側の制度・意識変革: ジョブ型雇用になっている企業の採用担当者は、即戦力になる優秀な人材であれば年齢、性別、国籍等を問わず、職務難易度に応じた給与で受け入れる体制と意識を醸造する必要があります。
雇用される側の意識変革: 30代を過ぎての転職は悪ではない、自分の可能性を広げるものであるという意識変革が必要です。本人が踏み出す気さえあれば、世界は広がります。また、当人を支援する配偶者、家族、友人も同じ意識を共有する必要があり、つまりは社会全体での意識改革が必要になります。
失敗を許容する文化: 転職は一度でうまくいくとは限りません。たとえ一度の転職でうまくいかなくても、再トライができる空気を採用側、雇用側両方で持つことが重要になります。就業期間に間が空く場合のセーフティネットや、それを悪いものと思わない意識改革も必要になります。
不確実性を許容する文化と支援する制度: 転職により給与が下がる可能性もありますが、そのようなケースにも対応できる制度や意識が必要になってきます。
多様性を受け入れる文化: 転職では様々な背景を持った人が入ってくる可能性があります。性別、年齢、国籍、障碍の有無、その他の属性の違いに加え、育休、子育て後の復帰について寛容であることが、より広い人を巻き込むマーケットづくりには欠かせません。
個人的な体験談を共有しますと、私も外資系IT企業である日本マイクロソフトに約20年在籍しました。外資系企業ではあるのですが、新卒で入社したこともあり、社内ではロールチェンジを何度か行ったものの、社外に転職することには心理的な抵抗がありました。また、巷では35歳転職限界説も流れていたため、初回はなかなか踏み出せませんでした。ただ、40歳、50歳になっても転職に成功している諸先輩方を見て、最終的にトライして45歳で成し遂げることができました。この体験からは、心理的ハードルの低減、意識改革、先行事例の共有が重要ではないかと考えられます。
よく、日本では労働法が厳しくて、人材流動性を保つための解雇がしにくいという話もありますが、外資系企業では日本の現行の労働法条件下でもジョブ型雇用を実施しているため、組織内の制度等のさまざまな条件を整えれば可能ということになります。解雇法制に関する研究でも、日本の規制は英米系5カ国 (英米加豪新) やシンガポールよりも厳しいが、欧州・北欧・アジア諸国とは同程度であると評価されています。それよりは、転職や解雇が悪だという本人や周囲の無理解の意識改革の方がハードルが高いように感じます。また、高年齢者雇用安定法や、長期雇用による退職一時金の税制優遇の仕組みの変更が進まないと状況が大きく変わらないという声も聞かれますが、私はこれは本質ではないと思います。
最初の話に立ち戻ると、官民をあげて政府に主導して行ってほしいのは、各業界、各地方で転職マーケットを作るための支援制度、意識改革、教育制度の整備です。企業内の話は企業に主導してもらうとして、企業や転職者が置かれる環境の整備は1企業ではなかなか出来ないことで、業界全体で政府と共同で取り組むことが求められます。
*
最後までお読みいただきましてありがとうございました。それでは、また!
関連記事: