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とある姉弟の日常を描くショートストーリー。 ■ 登場人物 □ 姉 いつも笑顔で、何でも卒なくこなす少女。 ひよこが好きでグッズなどを集めている。 お姉さんだからと弟の世話を焼きがち。 □ 弟 おとなしくて物知りな少年。 愛読書は図鑑で、星が好き。人見知り。 いたずらで姉にちょっかいを出しがち。 □ 父親 優しくて、少し頼りないお父さん。 □ 母親 優しくて、病気がちなお母さん。 ■ 日記の種類 □ 白い日記 ほのぼのとした日常。 □ 黒い日記 信じるかはあなた次第
49対49。 幼い少女が、ここ最近気にしている数字だ。 その意味は── 少女と弟のイタズラの勝敗。 あと数日後に迫ったハロウィンで、 弟は必ず何かを仕掛けてくるだろう。 負けず嫌いの彼女は、 どうしても50勝目を勝ち取りたくて、 あらゆる手を尽くそうと思っていた。 ──まずは、弟の『弱点』を探らなければ。 少女は弟が留守中である隙を狙って、 彼の部屋に忍び込み、物色し始めた。 本棚には、宇宙や海などの図鑑がずらり。 ベッド下の箱には、拾った綺麗な石や貝殻。 机の引
夏へと向かう季節のこと。 4人がひとつのテーブルについて、 家族団欒の夕食を楽しんでいる。 「ねえねえ、次の連休どこに出かけようか」 ちょうど前の話題が切れたところに、 穏やかな言葉で父親がそう切り出した。 またこの季節が来たのか……と、 幼い少年は心の内でため息をつく。 そんな彼の心境など知る由もなく、 姉と母親はにこにこと笑みを浮かべている。 次の連休の最終日は、 『海』と名のつく忌まわしき祝日。 父からの提案で、去年からその日は、 近県に海水浴へ行くことになっ
空に浮かぶ白と黒の球が重なり、 辺りを墨色に染め始める。 天の虚に手をかざして二人は望んだ。 二人で何往復もした、 水族館のトンネル水槽。 机の引き出しにしまってる、 博物館で買って貰った冥王星。 お母さんの実家で取り合った、 夕ご飯最後のエビフライ。 キャンプで寝袋に包まって、 星が出るまでの眠らない競争。 お願いしすぎて神様に怒られないか、 ちょっと心配になった初詣。 迷子の謝罪のため嫌々乗った、 苦手なジェットコースター。 あの日交わした、 二人だけの秘密
引き戸を開けると香る、埃の匂い。 今まで暗がりにあった布団や荷物達を、 柔らかな休日の日光が照らし出す。 少女は押入れの中を見渡すと、 よしと小さく頷き片づけを始めた。 彼女と父親が暮らす、安アパート。 けれど隅々まで掃除が行き届いており、 部屋の古さに反して綺麗に見える。 少女はその日、普段はあまり手を付けない、 押入れの中を整理しようと思い立ったのだ。 ……石造りの塔が立ち並ぶ、 不思議な世界を旅した夢。 その夢から覚めてからというもの、 以前の高校生活が嘘だ
家の中をこそこそと歩き回る少年。 幼い手には、小包が握られている。 オレンジ色のリボンが添えられたそれは、 彼が用意した姉へのプレゼントだ。 ──今日は、姉の誕生日。 少年は放課後になるとすぐに下校して、 小包を家のどこかへ隠す計画を立てていた。 姉のためになけなしのお小遣いを使い、 事前にプレゼントを買ったと知られたら…… 確実に“いじり”のネタにされてしまう。 姉よりも優位に立つためには、 相手をサプライズで驚かせる必要があった。 思わぬ贈り物につい喜んでしま
白。 光に包まれた、純白の世界。 高校の制服を着た少女が、 あまりの眩さに目を細めていた。 暫くして、徐々に目が慣れ始めると。 そこにあった景色は── かつて4人の家族が暮らした、 マンションのリビングだった。 窓からは煌々と光が射し込み、 外の世界は白く潰れて見えない。 明るさで霞んだ家の中を少女は見渡す。 キッチンで料理をする父の隣で、 母が盛り付け用の食器を並べている。 そして、ソファには単行本を読む弟。 せめて父との日常を取り戻そうと、 必死に足掻き苦し
まだ少女が幼い頃、 小学生になるよりも前のお話。 デパートのおもちゃ売り場で出会った、 ずらりと並んだ『ひよこ』のぬいぐるみ。 「ほら、もう帰るよ?」 という父親の声も耳に入らないくらい、 少女はその愛らしさの虜になっている。 しばらく、きらきらした目で見つめていると。 お父さんが仕方ないなと笑いながら、 ぬいぐるみを買ってくれると言う。 同じ棚に並んだひよこ達でも、 頭の形や、毛並みが少しずつ違って。 少女はその中から1匹を選び抜き、 ぬいぐるみを買ってもらうのだっ
石造りの塔が並ぶ、不思議な世界。 その中に建つ異質なマンション。 家族の笑い声が染みつくその場所を、 とある姉弟が詮索していた。 思い出がそのまま保存され、 視界に入るものすべてが懐かしい。 少年はリビングのソファに座り、 一人思いを巡らせている。 悲願を叶える旅路の意味。 別れた案内人達のその後。 姉と二人で巡った幾つかの景色。 この世界とこの家の正体。 空に浮かぶ砕けた日食の残骸。 そして。 己の胸に残る、虚ろな違和感…… 忘れてはいけないことを、忘れている。
箱の中へ押し込められた、日常の跡。 壁や床の傷に思い出を見る、引越しの日。 早朝のベランダで、 姉弟が街並みを眺めていた。 夜の闇を、陽の光が染め始める頃。 狭間の光が、くすんだ都市を美しく照らす。 太陽と月の出会いが許された、 ほんの僅かな── ── "魔法"と名のつく時間。 現実から目を背けられない現代社会で、 唯一、魔法という存在が許された刻。 その景色を無言で見つめ、姉弟は思う。 自分たちが家族として、 共に過ごした日々に似ていると。 魔法が解ければ、
小川沿いの桜並木。 春の光に満ちた木漏れ日。 あの人の姿が、眩さに霞む。 優しげに微笑みながら、 何かを俺に手渡して── 「……!」 高校生の少年が目を開けると、 そこはマンションの一室。 何故か目から流れた雫を、 静かに指で拭き取る。 こんな夢を見てしまったのは、 昨夜見つけた懐かしい品のせいだろうか。 机の引き出しの奥にあった、栞。 桜の花びらをフィルムで閉じ込めた、 あの人の手作りの栞だった。 夢で見た日に聞いた、春のまじない。 だが、そのまじないには不
まだ姉の方が背の高かった頃。 小川と隣り合った、桜並木で。 水路のせせらぎと、 はらはらと舞う花吹雪の中を、 姉弟が一緒に歩いている。 桜を眺めながら先をゆく少女が、 何かを思い出したように── ぱっと、腕を前に突き出した。 「ねえ、知ってる?」 そう切り出した少女は、 父に聞いた"おまじない"のことを話す。 『桜の花びらを 地面に落ちる前に掴めたら、幸せになれる』 弟に向けた少女の手のひらには、 桜の花びらが一枚乗っていた。 そして。 そのまま二人が始め
夢を見た。 自分がまだ幼い頃の、 おそらく自分の中にある 一番古い記憶を元にした夢だ。 そこで、姉さんが泣いていた。 なぜ泣いているのかは分からない。 そっと慰めようと手を伸ばすと、 それは影のように溶けて消えた。 夢は続く。 家族で過ごした家、 瓦礫で埋もれた都市、 鉄で固められた要塞。 場所が変わり時が過ぎても、 そこには必ず姉さんが…… 苦しみ涙を流す姉さんがいた。 そして、夢の終着点。 記憶の最期。 そこで、姉さんは── 体中に傷を負って、 赤黒い血
霞がかった空、立ち並ぶ石塔。 見渡す限りの灰色の世界に、 二人ぶんの足音が響く。 少女は普段のように話題探しもせず、 心地のいい沈黙に身を委ねていた。 ふと、前を歩く少年に目を向ける。 思い出の中より少し大きな彼の背中に、 空白になった家族の時間を思い知る。 歩幅の差であいた距離を埋めるよう、 少女は僅かに歩みを早めた。