キョウダイニッキ 『安らい』
白。
光に包まれた、純白の世界。
高校の制服を着た少女が、
あまりの眩さに目を細めていた。
暫くして、徐々に目が慣れ始めると。
そこにあった景色は──
かつて4人の家族が暮らした、
マンションのリビングだった。
窓からは煌々と光が射し込み、
外の世界は白く潰れて見えない。
明るさで霞んだ家の中を少女は見渡す。
キッチンで料理をする父の隣で、
母が盛り付け用の食器を並べている。
そして、ソファには単行本を読む弟。
せめて父との日常を取り戻そうと、
必死に足掻き苦しんだ現実。
その幾つもの願いの先にある、
夢のまた夢のような光景。
少女はただ呆気に取られ、
気付けば、目から雫が流れていた。
「どうしたの? 大丈夫……?」
普段は見せたことのない少女の涙に、
家族が慌てたように集まってくる。
娘の具合を案じて声をかける両親も、
平常を装いつつも心配してくれる弟も。
確かにこの家に在った、家族の姿そのままだ。
少女は「大丈夫だから」とその場を収め、
恥ずかしがるように自室へと駆け込む。
ひよこのぬいぐるみに思い出の写真立て。
好きなもので飾られた、自分だけの部屋。
どんな気持ちの時だって、
外の現実を忘れられる小さなシェルター。
『……今なら、許されるだろうか』
目の前の柔らかなベッドに、
思いっきり寝転んだとしても。
そんな無邪気な誘惑に負けて、
少女はふかふかへと倒れ込んだ。
──ぐしゃりという、鈍い音。
受け身もせず道路に倒れたような痛み。
同時に、貫くような激痛が体中に蘇る。
視界に映るのは、冷たい石の床。
熱い液体が食道を埋め、声が出ない。
そして、少女は理解する。
目前まで迫る、明確な■を。
『……今なら、許されるだろうか』
目をつむって眠ることに、
疲れたときに立ち止まることに、
幸せになりたいと思うことに。
もう、罪悪感を覚えずに済むなら。
視界がぼやけ、体中の痛みも、
誰かの笑い声も遠のいていく──
少女はすべてを許されたように、
静かに瞼を閉じた。
そこは、彼女にとって安らぎの、
黒。
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