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第9話 修行が楽しくなってきた。
「こいつに、鯵の頭の落とし方教えてやれ。」
そう言われた時の喜びは、今でも昨日のことに思えるほど。
念願叶って握れた包丁。
まな板に乗せた鯵の感覚。
震える手で頭を落とした瞬間は
今も心に深く刻まれています。
そこからはさらに出勤時間を早めました。毎朝7時30分に出勤し、掃除やセッティング。掃除やゴミ捨てなどに走り回り自分の仕事を終わらせ、親方が市場から魚を持ち帰るまでには包丁を持って待機する日々が始まりました。
それだけでなく、先輩が下ろした鯵の骨を数匹分取って冷蔵庫に保管しておき休憩中にはその骨を使って自主練とでもいいますか、修行時間を作りました。鯵の骨を包丁で何度もなぞりながら、その形状やクセを手に覚え込ませました。他にも、桂向きの練習をしたり、包丁の技術向上に余念がなかった様に思います。また、疲れて横になっても料理の本を読んだりして、知識面での学びも欠かさないようにし、休憩時間とは言っても、自身にとって「無駄な時間」と思える行動は極力、避けるようにしました。
交代でまかないを作る際には、積極的に出汁を使う料理を選び、出汁のとりかた、作り方を学び、経験・体験するようにしました。
特にラッキーだったと思うのは、1時間から1時間半で30人前、かつ、1人150円の予算で作らなければならない、という条件があったこと。これによって、献立の組み方とそのための段取りについて深く考える機会が得られました。これって実は、お客様に料理をお出しする際の予算の感覚、作業の段取りの感覚を掴む練習になるわけなんですね。
そして、味が良くなければ、先輩たちにあからさまに残されたり、手をつけてもらえなかったりしました。これもまた学びの機会です。(笑)
先輩たちの反応はイコールお客様の反応、と置き換えることができるんです。献立を考えて、段取りを決めて提供しても、やっぱり最後は味。それを実験というか、練習できる場だったんですね。
そんな悔しさから、本来は交代制なので、自分の当番ではないにもかかわらず、翌日も「料理を作らせてくれ!」と懇願することもありました。
料理人を目指しているとは言え、単にやらされている感覚だけだと、
まかないで文句を言われても「当番だからやってるだけだし」と思う人もいると思います。
だけど、私にとっては全てが練習の場。
学び、経験をさせてもらい、成長できる機会だということが無意識にわかっていたように思います。
だから、私にとってはこれまでより2時間早く起きることも、休憩時間に色々なことに取り組めることも、作ったまかないを残されることも(笑)
全ての修行が楽しくてしょうがなかったんです。
(あ、もちろん辛いことも全くなかったわけではないですよ(笑))