第12話 栄寿司での研修 その1
栄寿司での1日は、朝7時半に浦和の市場での買い付けから始まります。
そこで市場の加工場を借りて、魚の下処理、捌きをするんです。
その後は市場の食堂で朝食を取って、
10時前には店に戻り、仕込みや店の準備を開始。
ちょうどその頃、奥さんが店に来て、店内の掃除を始めます。
ランチ営業が終わったら一旦休憩を挟んで、夜の営業へ。
そして営業終了後に掃除をして、23時には帰宅する。
これが1日の流れでした。
私の仕事は、師匠と一緒に市場で魚を買い付けること。
そこで魚の下処理を教えてもらいました。
店に戻ってからは掃除。
その間、師匠は仕込みを進めていました。
営業中は師匠のサポート役です。
1週間も経つと、私は朝6時半には家を出、
7時には店に着いて掃除を始めるようになりました。
師匠が迎えに来る前に、店のセッティングを終わらせておくんです。
そして市場から戻ってきたら、一緒に仕込みができるよう準備を整えていました。1週間過ごしてみて、市場から帰ってきて掃除からスタートっていうのがもったいなかったんですね。
そんな私に、師匠は叱りながらも丁寧に厳しく教えてくれました。
いろいろな仕事を教わりましたが、
中でも一番大変だったのはネタケースの掃除です。
師匠のネタケースは年季が入っていて30年は使われている代物。
ですが全く水垢がなくて、いつもピカピカなんです。
なぜかと言うと、洗剤で洗った後に熱湯に浸したタオルをしっかり絞って拭き上げるから。このひと手間で水垢がないピカピカな状態を保っていたんです。
文字で書くと簡単そうですが、これが本当に厳しかったんです。
師匠曰く「少しぬるめ」の温度ですら、
私は手がつけられないくらい熱いお湯!
そんな温度でやるので、最初は手の皮が火傷で剥けるほどでした。
ですが、研修が終わる頃には、沸騰したお湯でもタオルを絞れるようになりました。
また、市場の加工場でも、
師匠の指導はとても勉強になりました。
師匠は職人としての美意識がすごく高くて、
「魚さばきが美しい仕事だと言えるのは何か」
を教えてくれました。
「一洋、あの職人を見てみなさい。魚のさばきは上手だろう。でもな、その後がよくないんだ。魚をさばいた後の置き方、並べ方、手の動かし方。これが美しくないんだ。魚さばきは回数を重ねれば誰でも上手にできるが、その後の整理が美しいかどうかで、職人の意識や技術のレベルが分かるんだ。」
そんな視点で他の職人さんをみていなかった私は「確かに」と新たな学びを得ました。
研修の3カ月間はその点について徹底的に指導されました。
箒の使い方、亀の子たわしの使い方、道具の存在する意味や使い方の理由、タオルの絞り方まで、あらゆることについて細かく全て教えていただきました。
今思えば、これはいわゆる〝所作〟についての指導だったな、と。
あらゆる場面での動き、〝所作〟を意識するということは、ひとつひとつの動きに意識を向けるということでもあります。そのことを身につける期間でもありました。
余談ですが、所作も仏教用語だったりします。本当に仏教との繋がりを感じずにはいられないです(笑)