「お茶が運ばれてくるまえに」 文 時雨沢恵一 絵 黒星紅白
「 あなたはイスに座って、ウェイターが注文を取りにきました。あなたは一番好きなお茶を頼んで、そして、この本を開きました。お茶が運ばれてくるまでの、本のひととき。」
「お茶が運ばれてくるまえに」 文 時雨沢恵一 絵 黒星紅白
短い短いショートショートよりも短い物語のような、箴言のような、深イイ話のような、詩であるかのような手紙のような。
カフェで珈琲を注文し、それが運ばれてくるまでに一冊まるごと読めてしまう言葉と、淡く描かれた絵が饒舌に物語る大人の絵本。
短い一言がズシリと錘をつけられて
胸の奥深くに沈んでゆきます。
こんな風に。
「さくせす」
成功する秘訣は、自分は特別な
人間だと思って努力すること。
成功し続ける秘訣は、自分は
特別な人間ではないと思って努力すること。
そうして読み始めると、1つの話がひっかかって止まってしまいました。
それが
「くすりはひとつ」
町から遠く離れた小さな村の村長さんであるあなた。その村に同い年の男の子と女の子がいます。
その2人の子どもは珍しい病気に罹っています。
くすりがあれば、すぐに治る病気
くすりがなければ、すぐに死ぬ病気
村で手に入ったくすりはたったひとつ。
町に取りに行く時間はなく、助かるのはただひとり。
こんな状況で、村長であるあなたは決断しなければいけません。
子どもの親たちは村長のあなたに決断をゆだねます。
そしてあなたは、
( )ました。
こうして、あなたの村の人口は、一人だけ減りました。
答えはあなたにゆだねられました。
あなたならどうしますか?
僕がこの本で一番心にひかかったのが
この「くすりはひとつ」でした。
唯一、空欄を埋めて完成させなければ
とても短い物語が成立しなかったのです。
読んだ方それぞれに答えが違っていると思います。
どれも正解で、どれも不正解なのかもしれません。
僕は考えました。
結構長い時間考えましたが、答えがまったく出てきませんでした。
いや、なんとか2人の子どもが助かる方法を考えました。空欄を埋めることで、ストーリーを変えることができないかと考えました。
もしも2人の子どもが、自分の子どもだったらと考えました。そう考えると余計に答えが出てきませんでした。
逼迫した時間がない状況で、どちらか1人が助かるのならどちらかを選ぼうとしました。
しかし
選べませんでした。
僕はどちらも選べなくて、答えは空欄のままでした。答えは空欄。
そのときに答えは出ませんでしたが、気づいたことがありました。
なんとか2人が助かる方法を考えて考えて、導き出そうとしました。なんとか2人を助けようと考え続けることで、道は開けるのではないかと。小さな光が見えてくるのではないかと!助けることができるのではないかと!あきらめてはいけないということを!
でも結局、僕は空欄を埋めることができませんでした。それが一番やってはいけなかったことなのかもしれません。
短い言葉ですごく考えさせられて、10分くらいで読めてしまう。お茶が運ばれてくる前に読めてしまって、お茶を飲みながらいろんなことに気づかされる絵本のような本でした。
【出典】
「お茶が運ばれてくるまえに」 文 時雨沢恵一 絵 黒星紅白 アスキーメディアワークス