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「月人壮士」 澤田瞳子

「皇統を案ずるあまり、何より思いやるべき父としての立場を見失っていた己のこれまでの姿が、次々と胸の中に去来した。」



「月人壮士」 澤田瞳子



この本の主人公、聖武天皇時代の年表を辿ってみました。

首(おびと・聖武)は、24歳のときに天皇に即位します。


長屋王の変
藤原広嗣の乱
天然痘の流行
大仏建立


聖武天皇の治世、力を持っていた新興貴族の藤原4兄弟が、天然痘の流行で亡くなり、聖武天皇は後ろ盾がなくなりました。


そのあと、橘諸兄が朝廷の中心になり、藤原4兄弟のあと、聖武天皇を支えました。


藤原広嗣の乱の後、なぜか聖武天皇は急に旅に出ます。伊勢へと。


「伊勢行幸」から、聖武天皇の遷都が繰り返されます。これはなぜなんだろう?


740年から745年までに、4度も遷都 。

741年に平城京から恭仁京に遷都し、744年に難波宮へ、745年には紫香楽宮へ、そしてまた平城京へと。


遷都には莫大な費用がかかります。


なぜこんなにも?


首は、賢帝なのか、それとも愚帝なのか?


この本は、首(おびと・聖武)天皇が崩御されたところからはじまります。


娘の安倍(孝謙天皇) が中継ぎの天皇になりますが、皇太子には、藤原の血が入っていない道祖王(ふなどおう)にという首の遺詔が残されます。


その遺詔が本当なのかどうか?前左大臣・橘諸兄は中臣継麻呂と道鏡に、真の遺詔を探るように言い渡すのです。


継麻呂と道鏡は


円方女王(まどかたのおおきみ)
  首に仕える掌侍、長屋王の娘

光明子(こうみょうし) 首の皇后 藤原不比等の娘

栄訓(えいくん) 僧

塩焼王(しおやきおう)  道祖王(ふなどおう)の兄

佐伯今毛人(さえきのいまえみし)   造東大寺司長官


などに話を聞き取りに回ります。そこから浮かび上がってくる首の人物像。


なので首の視点からはまったく語られていません。


首が亡くなったあとに、継麻呂と道鏡の取材、あるいは突撃レポートのような形で首の実像に迫っていきます。


首(おびと)は、文武天皇の第一皇子で、母は、藤原不比等の長女・宮子。


首は7歳のとき、父親・文武天皇を失いました。


そして


16歳で不比等の娘・安宿媛(あすかべひめ)・光明子を妃にしました。なので首は、異母姉妹を母と妻に持つのですね。


中継ぎの 元明・元正 天皇のあと、首は24歳のとき(724年)に即位。


当時は、父母ともに皇族の血を引く者が天皇になるのが通例 でありましたので、皇族の血を引く長屋王の皇親勢力と藤原氏が対立します。


3年後、光明子との間に基(もとい)王が生まれますが夭逝。それを理由に、長屋王が呪詛したものだと、藤原4兄弟は長屋王を自害に追い込みました。


首の心の葛藤が聞こえてきます。


自身に藤原の血が流れていることに。
全き(まったき)天皇ではないことに。

「なぜって・・・・・・だって我が母たる藤原宮子は、皇族ではないのだもの。わたしは幼き頃よりずっとお祖母さまたちから、そなたは誰にも劣らぬ天皇となれと言い聞かされてきたんだ。

それなのにわが身体を流れる血は、あの母のせいで臣たる藤原氏の血。

まったくかような母を持ってしまうとは、わたしはわが身の不幸を呪わずにはいられぬよ」


遷都に次ぐ遷都。

仏教への傾倒。

大仏の造営。

皇太子に皇族の血を引く、道祖王への遺詔。

生まれついての己が身の境涯に苦しんでおられた首さまだからこそ、自分同様の月人壮士たる娘を案じ、せめて何らかのお言葉を残そうとなさっていた、と。


孤独と藤原氏の呪縛を何重にも纏った首。


澤田瞳子さんは、首の死を目前にしてこう語らせています。

死を間近にした今になって、こんなことに気付くとは。

皇統を案ずるあまり、何より思いやるべき父としての立場を見失っていた己のこれまでの姿が、次々と胸の中に去来した。



【出典】

「月人壮士」 澤田瞳子 中央公論新社



この時代の血統というのは、今を生きる我々の考えでは理解できないのではないでしょうか。

澤田瞳子さんの『夢も定かに』にこう書かれています。

海上女王は首帝の妃の一人。

ただしすでに二人の女児を生している県犬養広刀自(あがたいぬかいのひろとじ)や現在身重である藤原安宿媛(あすかべひめ)に比べれば、その存在ははるかに目立たない。

それでも彼女がいまだ妃の地位を保持しているのは、葛城大王(天智天皇)の孫であるとともに、天皇の無二の親友・安貴王の叔母という血統に負うところが大きかった。


「夢も定かに」 澤田瞳子より


※藤原4兄弟 

藤原武智麻呂(むちまろ)
藤原房前(ふささき)
藤原宇合(うまかい)
藤原麻呂(まろ)

※藤原広嗣  藤原宇合の長男      


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