【絵本】「いのちをいただく」 内田美智子 絵・諸江和美
「私たちは生まれ、いまここに生きています。それ自体すごいことです。しかし、それはたくさんの命を頂いているということです。」
「いのちをいただく」 内田美智子 絵・諸江和美
牛を殺すときって、目があうそうなんです。
「いつかこの仕事を辞めよう」と思いながら、
食肉加工センターに勤めていた坂本さん。
坂本さんはこの仕事がずっといやでした。
牛を殺す人がいなければ、誰も肉を食べることはできないし、大切な仕事だとわかっているのですが・・・
でも、殺される牛と目が合うたびに仕事がいやになるのです。
「いつかやめよう、いつかやめよう」
ある日の夕方、牛を乗せた軽トラックがセンターにやってきました。
しかし
いつまでたっても、荷台から牛が降りてこない。
すると
「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ。」
女の子の声が聞こえてきました。
牛のお腹をさすりながら
「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ。」
と牛に語りかけています。
女の子のおじいちゃんが、坂本さんに頭を下げました。
「坂本さん、みいちゃんは、この子と一緒に育ちました。
だげん、ずっとうちに置いとくつもりでした。
ばってん、みいちゃんば売らんと、この子にお年玉も、クリスマスプレゼントも買ってやれんとです。
明日は、どうぞ、よろしくお願いします」
「もうこの仕事を辞めよう」と思った坂本さんは家に帰って、息子のしのぶ君に話したそうです。明日の仕事を休もうと・・・
「お父さんは、みいちゃんを殺すことはできんけん、
明日は仕事を休もうと思っとる」
・・・・・・
しのぶ君は何も言わず、テレビに目を移しました。
その夜
坂本さんといっしょにお風呂に入ったしのぶ君は、お父さんの背中を流し
ながらこう言いました。
「お父さん、やっぱりお父さんがしてやった方がよかよ。心の無か人がしたら、牛が苦しむけん。お父さんがしてやんなっせ」
翌日、しぶしぶ仕事場に行った坂本さん。
朝、出かける前にしのぶ君と約束をしたからです。
「お父さん、今日は行かなんよ!」
「おう、わかった」
牛舎に入ると、ほかの牛と同じようにみいちゃんも角を下げて威嚇するポーズをとっています。
「みいちゃん、ごめんよう。
みいちゃんが肉にならんとみんなが困るけん。ごめんよう」と言うと、みいちゃんは坂本さんに首をこすりつけてきました。
殺すとき、動いて急所をはずすと牛は苦しむそうです。
「みいちゃん、じっとしとけよ。動いたら急所をはずすけん、そしたら余計苦しかけん、じっとしとけよ。じっとしとけよ」と言い聞かせました。
その言葉に、みいちゃんは動かなくなったそうです。
そのときです。
その時、みいちゃんの大きな目から涙がこぼれ落ちてきました。
坂本さんは、牛が泣くのを初めて見ました。
後日、女の子のおじいちゃんがやってきて、坂本さんに言いました。
孫は泣きながら、『みいちゃん、いただきます。おいしかぁ、おいかぁ』って言うて、食べました。ありがとうございました」
坂本さんは、もう少し、この仕事を続けようと思いました。
作者の内田美智子さんは、坂本さんに次のようなエピソードも紹介してくれたと、あとがきに書いています。
坂本さんは息子さんと介護士の娘さんがいらっしゃいます。
ある日坂本さんが、娘さんと居酒屋で食事をしていた時、娘さんがこう言ったそうです。
「お父さんの仕事と私の仕事は似とるね」
「何が似とるもんか。俺の仕事は牛や馬の命をとる仕事ぞ。お前の仕事はお年寄りの世話をする大切な仕事やろ。お年寄りは喜んでくれる。でも俺の仕事は喜ばれたりせん」
「あんね、おとうさん。私は、最期に会った人間が私でよかったなあってお年寄りに思ってもらえるよう、毎日お世話をしている。お父さんも、牛や馬や豚に最期まで気持ちよく生きてほしいと思っとるけん、なでたり話しかけたりするんやろ。最期に会った人間がお父さんでよかったなあって、思ってもらえるようにしとるやろ?だげん、同じなんよ」
最期に会った人
最期に思いやれる人に出会えることで、人も動物も幸せを感じることができるのかもしれません。
息子のしのぶ君も小学生の時、それが感覚的にわかっていたのでしょう。
一瞬、一瞬、「あなたに出会えてよかった」と思ってもらえるように、僕も懸命に人と向き合っていかなければいけない。また、毎日普通に食事をしていることの裏側に、苦悩や悲しみや、涙があり、「普通」がこんなにも有難いことなんだと実感しました。
人が生きるということは、命を頂くこと。殺すこと。
私たちの命は、多くの命に支えられている。
それを実感したときに、食べ物のありがたみが分かる。
食べ物を粗末にしてはならないと分かる。
かんたんな言葉で、すぐに読めてしまうのですが、余韻がすごく長くて、とてもありがたくて、深い絵本でした。
【出典】
「いのちをいただく」 内田美智子 絵・諸江和美 西日本新聞社