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「桜風堂ものがたり」 村山早紀
「誰かの大切な居場所は、守らなきゃいけないんだ、守れるときにはね」
「桜風堂ものがたり」 村山早紀
月原一整は、老舗である星野百貨店の6階にある「銀河堂書店」に勤めています。
小さい頃から本が好きで、本があれば何もいりませんでした。
そんな一整は、「ベストセラーではない、良書を発掘するのが上手い!」と銀河堂書店の店長が言うほどの書店員。「宝探しの月原」と言われている。
うちの文庫の月原は、思わぬ宝物を探してきて当てるのがうまい天才だ
この物語を読んでいると、一整だけではなくこの書店、すごい書店員だらけなんですよね。
児童書担当の卯佐美苑絵や、文芸担当の三神渚砂や、副店長の塚本保など。こんなに一つの書店にカリスマがいるのかと思うほど。
あるとき
一整は、本を万引きしようとしている少年に気づきます。
書店で本を一冊失った場合、その失われた本の売上げを取り戻すのは何冊も本を売らなければならないといいます。その上、本が好きな書店員にとって大切な本を盗まれることは、それ以上に心が痛むのです。
少年は足下に大きなバッグを置いて、人気シリーズの本をそのカバンの中に入れていました。
入れ終わると、足早に出口に向かいます。
卯佐美苑絵が「お客様!」と少年に声をかけます。
少年の顔は、血の気を失い青ざめます。
バッグを苑絵に投げつけると、少年は店の外へ駆け出しました。
一整は、少年を追いかけます。
「きみ。ちょっときみ」
(中略)
一整は、ただその背中を追いかけた。
たまに振りかえる少年の、その顔が怯え、ひきつっているのが離れていてもわかる。ここで逃してなるものかと思った。
少年は百貨店の外の道路に飛び出し、たくさんの人が見ている前で、車にはねられてしまいます。
『本屋で万引きした中学生が逃げようとして、事故に遭ったらしいよ』
(中略)
『店員がすごい顔して追いかけてるのを見た。中学生は怖がって泣いててさ』
『自殺だったと思うよ、あれ』
目撃した人たちは、Twitterで思い思いを発信します。拡散する速度も速い。
少年の身体は大丈夫でしたが、それよりも新聞、テレビ、ローカルニュースで少年の「事情」が伝えられます。
その事情というのが
クラスでイジメにあい、脅され、言われるがままに万引きをくりかえしていたのだという。
少年はおとなしく、弟や妹をかわいがるいいお兄さん。礼儀も正しく、だからか、悪い少年たちに目を付けられ脅されていたのです。
そのようなことが報道されると、社会は一整を攻撃します。「本と中学生の命と、どっちが大切なんだ!」と。
一番いけないのは、いじめて脅している者たち。一整は何も悪くありませんし、少年もある意味、被害者です。やりたくもないことをさせられていたのです。
何か歪なものを見ているようでしたが、最近の新聞や報道を見ていても、そのような歪なものが日常に蔓延っているのではないかと、読んでいて目の当たりにした感覚でありました。
クレームの電話が「銀河堂書店」に鳴り響き、一整は「これ以上、書店員たちに迷惑をかけてはいけない」と店を辞めるのです。
心残りは彼が発掘し、力を入れていた「四月の魚」という本。
著者は団重彦というシナリオライター。かつてテレビドラマの脚本を書いていましたが、作家としては無名で、初版の発行部数も少ない。そんな本を銀河堂書店で展開しようとしていたのですが……
一整は、志半ばで10年間務めた銀河堂書店を去っていくのでした。
◇
一整は、プライベートで書評ブログを書いていました。
交流していたブロガーが何人かいましたが、とくに一整が「居場所」だと感じていたのが、桜風堂書店店主の「桜風堂ブログ」でした。
一整はそのひとの、書物や人間世界に関する知識の豊富さと綴る言葉の美しさに惹かれたし、店主もまた、どう気に入ってくれたものか、一整に何かと声をかけ、本の話をしたり彼から感想を聞いたりすることを、心から楽しんでくれているようだった。
「桜風堂ブログ」は、このところ更新がまったくされていませんでした。
仕事を失った一整は、桜風堂書店店主に「会いに行こう」と決めます。
飼っていたオウムも「それがいい!」というように鳴き、桜風堂さんにメールを送りました。
桜風堂さんからは、「心からお待ちしてます」との返信。
そうして
電車だと往復10時間を超える桜風堂書店に、一整は向かったのです。
桜風堂書店がある山あいの桜野町に着いてみると、店主が入院していることがわかり、その病院をたずねます。
そこで、驚きの提案が桜風堂さんからあったのです。
桜風堂さんは、一整が書店を辞めた理由を知っていました。万引き事件のことも。
しばらく入院しないといけない状況であった桜風堂さんは
「一整くん。この桜野町の、桜風堂書店を、きみに頼みたいんです。」
一整なら書店の仕事のこともわかっているし、ずっとブログでの交流があったので、人となりがわかっていたのでしょう。
一整は考えます。
その日は、店主のすすめで桜風堂書店の家に泊まらせてもらいました。
桜風堂さんの家には、一年前から孫の透くんが一緒に住んでいました。桜風堂さんが引き取ったといいます。
桜風堂さんには息子さんがいましたが、車の事故で亡くなりました。息子さんの子どもが透くんです。
息子さんの奥さんは再婚しましたが、その再婚した夫が透くんを虐待していました。孫に会いに行った桜風堂さんが、その状況を見て激怒し、透くんを引き取ったのです。
その夜、一整は透くんと話をします。透くんも桜風堂書店が好きでした。でも母親のところへ帰るといいます。
「でもおじいちゃんは病気だから━ゆっくり休んでほしいんです。
(中略)
でも、ぼくがいると、おじいちゃんはぼくのためにって、無理にでもお店を続けそうで……それにぼくこのお店が好きだから」
一整は、透くんに聞きます。
「きみはここにいたいんだろう?」
「いたいけどいちゃいけないっていうか」
「いたいの、いたくないの、どっちなの?」
「いたいです」
(中略)
「じゃあ、なくならないようにしようよ」一整はいった。
「誰かの大切な居場所は、守らなきゃいけないんだ。守れるときにはね」
透くんのほかにも、この町の人たちは本屋を必要としていました。本屋の再開を待ち望んでいました。一整は「店を開けなければいけない」と決心しました。
◇
銀河堂書店の書店員たちは、一整の思いを引き継ぎ、「四月の魚」のPOPやディスプレイ、ポスター、卯佐美苑絵デザインのオリジナル帯など、あらゆる形で展開してゆきました。星野百貨店も協力します。
チーム一丸となった書店員たちの熱い情熱は、一整へ最大限のエールを送っていたのです。
銀河堂書店・文芸担当の三神渚砂はこの物語のゲラを読み、一整と同じような感動を覚えていました。
いつも渚砂は、ゲラを読むとき、感動したシーンや気に入った文章に、付箋をつけていくのだけれど、付箋の立っていないページを探すのが難しいほどになった。
ラストシーンを読んだあと、渚砂はゲラを抱えて、キッチンに下りて行き、涙を拭きながら、インスタントコーヒーを苦めに入れて、少しずつ飲んだ。
あとからあとから涙が湧いてきて、でもそれは不快な涙ではないのだった。
桜風堂書店の月原一整は、「四月の魚」のパネルにこう記しました。
「涙は流れるかもしれない。けれど悲しい涙ではありません。」
この言葉が、本書「桜風堂ものがたり」の帯にも巻かれています。
「優しい物語」でした。
【出典】
「桜風堂ものがたり」 村山早紀 PHP研究所
P.S.
この物語は一整だけの視点で書かれていません。銀河堂書店員さんや
その他登場人物?(猫)の視点でも書かれています。ほんのり恋心が描かれてたり、ブログでの交流の秘密や、一整が天涯孤独であったことも語られています。他にも一整の従兄弟の話(これにも訳がありました)とか、さまざまな親交がギュッと詰まっている物語でありました。