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「サラと魔女とハーブの庭」 七月隆文

「来る人が癒される止まり木のような……」



「サラと魔女とハーブの庭」 七月隆文



前回ご紹介しました「西の魔女が死んだ」が好きな人でしたら、この物語は気に入っていただける作品ではないかと思いました。


由花は今年14歳になる女の子。


もう子どもではない年齢だと自覚していますが、由花の気持ちは子どもと大人のあいだで揺れています。


由花にはイマジナリーフレンド・サラという空想の友達がいました。


ススキ色の髪、深い青のワンピース、白い花の髪飾り。

(中略)

おしゃべりで、いきいきとして、そして ━ いつでも由花の味方だ。


由花は大人になってしまうと、もうサラに会うことができなくなるのではないかと不安を感じています。


━ サラ、出てきて。
儀式が必要になったのは、五年生の頃からだ。
昔は何もしなくてもいつでも現れてくれたのに。


由花は中学校になじめずに、不登校になりました。


中学生になって、学校生活もがらりと変わった。

(中略)

女子グループの話す内容、買うもの、一緒だねとたしかめてくる圧力。


そんなときに女子の間でいじめが起こりました。由花はいじめられた子が何が原因でいじめられたのか全然わかりませんでした。


こんな暗い海のような世界に投げ出されてしまうのかと思うと、由花は怖ろしくてしかたありませんでした。


        ◇


由花は春休みに、母方のおばあちゃんの田舎へ8年ぶりに行くことになりました。


おばあちゃんは、ハーブショップを営んでいます。かつて、由花はそのハーブの庭ではじめてサラと出会いました。いつも全面的に由花の気持ちに寄り添ってくれていたサラに、もういちど会いたかったのです。


ハーブの香りに包まれた。


おばあちゃんの店に着くや、そのとき、サラが現れました。


サラはわだかまりのない、やさしい微笑みを向けてくる。「わたしとユカは、永遠に友達よ」

(中略)

由花は春のような安心に満たされた。二人並んで、店の入口をくぐった。


おばあちゃんとサラがいて、ハーブの香りに満たされたここの生活は、由花の心を癒し、しだいに自然と調和したこのライフスタイルに憧れ、おばあちゃんのハーブの仕事を手伝いたいと由花は申し出ます。


「あ、あのね、おばあちゃん」

「ん?」

「私、この店手伝ったらだめかな?」

「いいわよ」

(中略)

「できたら将来、この店で働きたいって思うの。ずっと」


由花は、店に来たお客さんに「ハーブティーを淹れてお渡しするように」と仕事を任されます。


「じゃあ『サービスティーです、どうぞ』って言って渡してきて」


人生ではじめての接客。
しかし「サービスティーです、どうぞ」が言えないのです。


心臓がばくばくと膨らんで、前に進めません。


おばあちゃんがフォローして、サービスティーをお客さんに渡し、なんとかその場は回避しましたが……


由花は、情けない気持ちでいっぱいになりました。


そんなとき


「ユカ、泣かないで」
サラが、駆けつけてきた。
「ほら。また人が来るわ」


今度は、サラが由花をフォローします。


「……サービスティー、です。どうぞ」


         ◇


由花はおばあちゃんに訊きます。


「なんでハーブ屋さんになったの?」


おばあちゃんは、東北の震災があったときのことを語ります。


そのとき、おばあちゃんは横浜にいて、電車が止まり、家に帰れなくなったそうです。


そんな人がまわりには一杯いて、辺りは暗くなってくるし、そこにいたみんなが途方にくれていました。


「そんなときね、近くにあったレストランが店を開放して帰宅難民を受け入れてくれたのよ。

とにかく屋根がある場所に入れたことにものすごくほっとして……あれは生き物の本能よね、守られた場所がほしいっていう。

それで店が私たちに温かい紅茶を出してくれて、これがもう」命に沁みるみたいだったわ。

「一杯のお茶に、人はこんなにも安心するんだって感動して、その日から、私の中ががらりと変わったの。人を癒すことに興味が出た」


来る人が癒される止まり木のような「一杯のお茶を出す店」を、今、おばあちゃんはやっているんだ、おばあちゃんにも人生があるんだ、と由花は感じ入りました。


それから由花は、変わっていきます。
仕事にもすっかり慣れてきました。


「サービスティーです、どうぞ」も
笑顔で言えるようになりました。


それから


ある出来事がありました。


お店で万引き騒動があり、そのとき、由花は犯人を自分の見方で一方的に決めつけます。でも、犯人は違っていました。自分の卑しい妬みに恥ずかしさでいっぱいでした。ありったけ泣きました。


おばあちゃんがそよ風のように近づき、由花を抱きしめます。


「恥ずかしくていいの」
おばあちゃんが背中をさすりながら言う。

「恥ずかしいって思える由花は立派よ」


また、小林君という男の子との出会い。
ほのかな恋心。


少しずつ由花は、大人への階段を登っていました。


そして


ある瞬間、違和感を由花は感じます。


サラのことを忘れていたのです。


そんな風に自分が変わってしまっていたことに気づき、悲しい感情が襲います。


由花は、サラと最後の瞬間を迎えます。
最後にわかるサラの真実。


少女から大人へと向かうガラスのような瞬間とき


ハーブの香りとやさしいおばあちゃんに見守られながら、由花は確実に人として成長していました。



【出典】

「サラと魔女とハーブの庭」 七月隆文 宝島社


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