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映画評 ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ🇺🇸

Seacia Pavao / (C) 2023 FOCUS FEATURES LLC.

ファミリー・ツリー』『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』のアレクサンダー・ペイン監督による、全寮制の寄宿学校を舞台に、クリスマス休暇で家に帰れなかった年齢も人種も立場を違う3人が織りなすヒューマンドラマ。

1970年代のマサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校で教鞭を取るハナム先生(ポール・ジアマッティ)は、クリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を務めることに。そんなポールと、母親が再婚したために休暇の間も寄宿舎に居残ることになった学生アンガス(ドミニク・セッサ)寄宿舎の食堂の料理長として学生たちの面倒を見る一方で、自分の息子をベトナム戦争で亡くしたメアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)の3人が、2週間のクリスマス休暇を疑似家族のように過ごすことになる。

ハナム先生がメアリーの息子をネタにしてギャグを言った生徒に、鬼の形相で叱責したシーンが最も印象的だった。「人の痛みを見積もるな」というメッセージと、一見何事もなかったかのように振る舞っている人ほど、実際は立ち直ることができないほどの心の深傷を負っていることを伝えたかったのかもしれない。

現代映画では珍しい1970年代を放物とさせるノスタルジックでどこか懐かしの映像は、登場人物らが過去に囚われてる心情を表したメタファーとして機能する。学校に取り残された3人の背景には、過去に負った傷によって立ち直れず、現在でさえもがき苦しんでいる様子が映し出される。ノスタルジックさが懐かしさではなく、時計の針が止まる使われ方をしているのが、過去に負った痛みの深刻さを物語る。

同時に、ノスタルジックな雰囲気は寄り添いとしても機能する。『夜明けのすべて』にも通ずる、個々が抱える生きづらさと助け合いが見ていて心地良い。人生において必要なのは、施しや愛情であることを再確認させられる。まだ学生であるアンガスは子供。愛されること愛することの意味をより際立たせる。ノスタルジックな雰囲気は、人に優しく寄り添う普遍性が込められているように見えた。


Seacia Pavao / (C) 2023 FOCUS FEATURES LLC.

3人に共通する心の傷には家族が関係する。メアリーは戦争で息子を失い、アンガスは両親からの愛情と将来の行く末、ハナム先生は遺伝的要因と学生時代に巻き込まれたトラブルから家族を持てないことにコンプレックスを抱える。また、アンガス同様、高校に上がるタイミングで親元を離れたため、愛情にも飢えている。

アレクサンダー・ペイン監督映画における家族は、過去の自分と向き合うきっかけでありながら、今自分が何をするべきで、これからどのようにして生きていくべきなのか本当に価値のある大事なものを提示する役割を持つ。

ファミリー・ツリー』では向き合ってこなかった家族の痛み、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』では理解できなかった両親の気持ちを。それらを説教ではなく、トラブルの元や運命の相手といったユーモラスな形で描いているのが微笑ましい。

本作における家族は傷のきっかけでありながらも、休暇を一緒に過ごした3人は、無償の愛で芽生えた強い絆で結ばれる。そこには普遍的な愛が存在したように見えた。彼らの止まっていた時計の針が少しずつ動き出していく瞬間には涙が誘われる。


Seacia Pavao / (C) 2023 FOCUS FEATURES LLC.

前半は学校及び学校周りの地域で話が展開し、後半はボストンへと社会見学へと赴くロードムービーとして展開される。さらに明らかになる過去に負った痛みに共感をしつつも、それぞれが過去に決着をつけ、新たな人生を歩む再生の物語が始まる。

「今の時代や自分を理解したいなら、過去から始めるべきだよ。歴史は過去を学ぶだけでなく、いまを説明することだ」「とてもわかりやすい。授業でも怒鳴らずにそう教えてよ」。ハナム先生とアンガスの絆が生まれるシーンでありながら、昔を変えることはできないけど、それらを踏まえた上で未来は変えられるという、過去と向き合う登場人物らの行く末と本作のメッセージが込められたやり取りだ。

ペイン監督が描くロードムービーは登場人物が休暇状態にある。『アバウト・シュミット』は定年退職後、『サイドウェイ』では結婚前最後の5日間、『ファミリー・ツリー』と『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』では家族のために休暇を取るところから旅が始まる。

仕事や勉強など目の前のことばかりに追われ、忙しい日々を過ごしていた人が、時間的余裕を手に入れたことで、これからの人生において大事にしたい生き方や価値観を見つけていく。舞台がエリート育成の寄宿学校も自ずと意味を成してこよう。3人が過去と向き合った先には、精神的余裕を得られた。メアリーは癒され、アンガスは成長し、ハナム先生は夢へと挑戦をする。3人がそれぞれ愛することを思い出し、優しさを受け入れて良いと心を開けたからだ。


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