【短編】恋愛審判員制度:前半
○会社・執務室(夜)
20席くらいある執務室でシュウジ(28)とケーコ(27)を含め3人ほど働いている。
シュウジはデスクを片付け始めていて、ケーコは不機嫌そうにパソコンで作業している。
ケーコ「なんでこんな‥」
シュウジが不機嫌そうなケーコを見ながらダッフルコートに袖を通す。社員「おつかれ〜っす。もうこんな時間かよ。」
社員が席から立ち執務室を出ていく。
ケーコ「おつかれさまでーす。」
やる気なさげに答えるケーコ。もう一人の社員が帰ったのを見て、コートを着たままケーコの隣に座るシュウジ。
シュウジ「なに?玉ちゃんまだ仕事―?」
ケーコ「そー。なんかさ、今日中に週明け提案する、デザインカンプ見せろって、言われてさぁ。」
シュウジ「上田さん?」
ケーコ「そう!!ほんとに帰りたい‥。いいなぁ、そっちはもうあがりで。」
シュウジ「そーね。」
席を立つ気配をなかなか見せないシュウジに不思議そうな表情で尋ねるケーコ。
ケーコ「ん?帰んないの?」
シュウジ「んー?なんとなく笑」
ケーコ「笑。なにそれ。」
シュウジの曖昧な回答に笑ってしまうケーコ。
ケーコ「ねね?今、二人じゃん?」
シュウジ「そだね。」
ケーコ「ひょっとしたらさ、来ちゃうかもね」
シュウジ「ん?くる?」
不思議そうに首を傾げるシュウジ。
ケーコ「ほら、男女がさ、二人っきりでさそれもちょっと良い雰囲気になると‥」
ハッと気づくシュウジ。
シュウジ「あ、そういえば‥!この前、法律で新しく決まったやつ?」
ケーコ「そ!まぁ、私たちじゃ、さすがにないよね笑。」
ちょっと寂しそうに頷くシュウジ。
シュウジ「そーね笑。」
「ガチャ。」オフィスの扉が開く。
黄色いユニホーム姿の男がオフィスに入ってくる。
シュウジ・ケーコ「え?」
ユニホーム姿の男は二人が座っている背後まで来て、左腕を天井に向けて高く突き上げ、ホイッスルを吹いた。
主審「ピーーーーーーーーーーっ!」
主審が試合開始の合図をつげる。
◯実況席
すぽるとのようなスタジオでまるでサッカーの試合のように、唐突に、実況が喋り始める。二人の駆け引きはなぜか、中継されている。
中村「ともに新卒入社してから早6年。香川が狙うのは同僚という壁を突き崩すことのみ。実況はわたくし中村。解説は、男女の駆け引きのプロフェッショナルでもある風間さんでお送りします。」
風間「よろしくおねがいします。」
◯会社・執務室(夜)
主審の登場に困惑するケーコと シュウジ。
ケーコ「ねぇ?シュウくん来ちゃったよ?」
シュウジ「…」
何も答えられないシュウジ。
◯実況席
中村「先日、我が国で制定された“恋愛審判員制度”はフェアなな男女の駆け引きと、健全なデートをサポートするために設けられた制度です。」
風間「ちょっと良い雰囲気になりつつある 男女間の駆け引きを公正な目で見守り、恋の成就を後押しする審判を派遣するって素敵な制度ですよね。」
余裕の口調で語る風間。
中村アナが喋ろうとした時、風間が割って入る。
風間「中村さん、動きがあるようですよ?」
◯会社・執務室(夜)
主審が現われてしまったので、どうするのか決めたいケーコ。
ケーコ「私たち勘違いされてたりして?笑」
照れながら話すシュウジ。
シュウジ「ちょっとさ、話してみない?俺ら笑」
ケーコ「ずっと、話してたじゃん?笑」
シュウジ「それはそうだけど笑」
お互い半笑いしながら会話を続けている。そこにすかさず解説の風間が語り始める。
◯実況席
風間「玉田さん気づいていますね。」
中村「と、いうと?」
風間「主審がこの場に現れた意味。もしかして自分が好意を持たれているかもしれないってことを。」
中村「なるほど。玉田の方は若干はぐらかしに行っているように見えますよね。」
風間「社内で恋愛って色々ありますからね、玉田さんはかなりディフェンシブになっていますよ。」
中村「序盤から攻め手を欠いている香川!」
風間「香川さんはこのままではダメですね。」
◯会社・執務室(夜)
早めに会話を切り上げて仕事に戻りたいケーコ。
ケーコ「じゃぁ、仕事もどるね笑」
ケーコは仕事に戻ろうとパソコンの方を向こうとしたら、そっとケーコのパソコンを閉じるシュウジ。
シュウジ「ちょっとさ、話してもいい?」
ケーコをちょっと真面目に見つめるシュウジ。
すかさず実況の中村がテンション高くまくしたてる。
中村「おっと、香川!ここで強引にペナルティエリア内に侵入!!」
驚いてそっとシュウジの方を見るケーコ。
シュウジ「おれさ…」
勢いあまってパソコンを触っていたケーコ手を触ってしまうシュウジ。
主審「ピっ!」
主審がホイッスルを短く強く、吹きながら指でシュウジの手を指し示し、ファウルがあると主張する。
間髪入れず実況が入る。
中村「あっと!ファウル!!!果敢にペナルティエリア内に入っていったのですが…!」
風間「まだ早いって!!」
とおもわず悔しがる風間。
◯実況席
悔しそうな表情の風間と中村
中村「今のシーンをVTRで振り返ってみましょう。」
VTRでまずはシュウジがそっとケーコのパソコンを閉じるシーンが流れる。
風間「いやー、アイデアはよかった。やさしくパソコンをそっと閉じられると、ちょっとドキってしますよね。」
中村「ただこの後ですね、パソコンを閉じたその手で玉田の手も握ってしまいました。」
ケーコの手を握ってしまうVTRが流れる。
風間「うーん、まだはぇーよなぁ!」
ちょっと冷静な口調ではなくなってしまう風間。
中村「はい…。では試合会場に戻します。」
◯会社・執務室(夜)
手を握られてしまい少しドキドキ少しドキドキが止まらないケーコと、やってしまったと頭を触るシュウジ。
中村「さぁ、仕切り直しです。」
風間「さっきのアクシデントで、玉田さんはますますディフェンスを固めていますね」
ケーコが空気をと変えようと手を叩く。「パンっ」
ケーコ「よーし!仕事、仕事!シュウくん私今日までの仕事あるからね笑」
再びパソコンを開き、仕事を始めようとするケーコ。
中村「おっと!玉田が会話を終わらせに来たー!」
風間「いやぁ、カテナチオ‥厳しい展開ですね。こうなるとなかなか…」
あきらめたくないシュウジ。なんとか取り繕とうとする
シュウジ「玉ちゃんさ、よかったら一緒に案考えてもいいかな?」
ケーコ「もう、大丈夫笑私一人で…」
と喋ろうとした瞬間にケーコの肘がコーヒーカップにあたりシュウジのシャツにこぼれてしまう。
シュウジ「あつっ!」
ケーコ「あ、ごめん!ごめんね!!」
コーヒーがシュウジのシャツにこぼれた瞬間に、主審が両手を前に出すジェスチャーをする。
主審「…!!」
そのジェスチャーにいち早く気づく実況。
中村「ああっと!主審はアドバンテージを見ています!」
風間「本来ファウルですが、玉田さん側のミスであること、そしてこの機会は親密になるチャンスという判断ですね!」
慌てて鞄からハンカチを取り出し、シュウジの服をふくケーコ。
ケーコ「ごめんね!ごめんね!!」
シュウジ「いいよ、いいよ!俺の方こそごめんね…!」
ケーコ「シミになったらどーしよ…クリーニング代わたし…。」
遮るように話シュウジ。
シュウジ「大丈夫、大丈夫。どうせ古いやつだし。」
シュウジも自分のハンカチでシシャツをふく。
ケーコ「熱くなかった??」
シュウジ「ちょっと、熱かった。」
ちょっとだいじわるそうな顔で語るシュウジ。
ケーコ「ごめんー!」
シュウジ「うそ」
ケーコ「笑笑はぁ?笑」
互いにシャツを拭いているのでちょっと身体が密着するシュウジとケーコ。
主審「…」
一応この後ファウルがないかホイッスルをくわえる主審。
中村「なんと!偶然のアクシデントから、ペナルティエリアへ侵入する香川!」
祈るように声を出す風間。
風間「慎重に!慎重に!良い流れですよ!」
身体が密着して、少し空気が変わるシュウジとケーコ。静かになる二人。
ケーコ「もう大丈夫だよね?」
シュウジ「…。ここ、まだぬれてるかも。」
風間がシュウジの言動に反応する。
風間「あ、くさびのパス入りましたね!」
ケーコ「笑。自分でやれるでしょ。」
シュウジ「いや、せっかくだし笑。」
ケーコ「なにそれ?笑」
すこし良い感じになりつつあるシュウジとケーコ。なぜかテンションが上がる実況の中村。
中村「なんだ、なんだ、このパス交換は〜!?」
風間「いま、ゴール前かなり手薄ですよ。
いつの間にか、玉田さんのディフェンスラインを崩しつつありますね〜。」
中村「いい攻撃ですね!」
なんだかんだ、シャツのぬれているところを拭いてあげるケーコ。
ケーコ「はーい。終わり。」
相変わらずシュウジとケーコはケーコは密着している。
シュウジ「もうちょっと」
ケーコ「何、もうちょっとって笑」
中村「もう香川、ペナルティエリアから出る気はありません!」
ちょっと離れようとするケーコを、少し自分の方に抱き寄せるシュウジ。
ケーコ「え?」
シュウジ「だめ?」
ここで主審の様子を伺うシュウジ。主審はホイッスルを加えたまま首を横に振る。
主審「…。」
中村「ファウルはありません!!!!」
風間「ちょっと主審甘くない??でも最高だから良いけど!!」
なぜか、大喜びの風間。照れるケーコ。
ケーコ「シュウくん、ちょっとあれじゃない?」
シュウジ「でも、審判の人ファウルないって。」
ケーコ「でも、他に誰かいたらどうするの?」
ちょっと一呼吸おいて密着するケーコの顔を見て静かに話すシュウジ。
シュウジ「ほんとはずっとこうしたかったんだけど。」
実況席のボルテージは最高潮。
中村「近距離で強烈なシューーート!!」
風間「今が攻めどき!まだ続きますよ!」
ちょっと照れつつ、ケーコもシュウジから目をそらさない。
ケーコ「…わたしたち、ずっと新卒の頃から一番仲のいい同僚だったじゃん。」
シュウジ「うん。」
ケーコ「でしょ?」
シュウジ「でもずっと、ただの同僚として見れなかった。」
ケーコ「…。」
一瞬シュウジから少し離れるケーコ。
シュウジ「新卒の頃からずっとね。」
ケーコ「…。」
シュウジ「でもさ、この関係性が壊れるのも怖くてさ、すんごい迷った。」
ケーコ「わたしも怖い…。だってシュウくんはさ、シュウくんはさ…。」
迷ってるケーコをそっと抱き寄せるシュウジ。
◯実況席
目を見開き祈るように展開を見つめている中村と風間。
中村「…!!」
中村「お願い届いて…(気持ち)」
○会社・執務室(夜)
そっとケーコを抱き寄せたシュウジ。少し無言の時間が続いていた。
シュウジがケーコの耳元でそっとささやく。
シュウジ「すき。」
ケーコ「…。」
シュウジ「まだ、答え出ないかもだけど、先伝えとくね。」
ケーコ「…」
無言のケーコの腕がシュウジの背中をギュッとしようとする。
○サッカーのゴールライン描写
ゴールラインの真上でボールがどっちに転がろうか揺れ動いている。
○会社・執務室(夜)
「ピ!ガチャッ!」カードキーの音とドアが開く音。びっくりして急いで離れるシュウジとケーコ。
社員「おっつ〜!会社携帯忘れてたわ笑笑」
帰ったはずの社員が机の上にある携帯を取りに行こうとする。
主審「ピーーーーーーーーーー!!!!!」
今までで一番強くホイッスルを吹く主審。社員の方まで近づいてゆき、睨みつける。
社員「え、だ、だれ??」
主審は胸ポケットからレッドカードを取り出し、入ってきた社員に向け突き出す。
中村「レッーードカード!!!!!」
風間「ありえない…!」
◯実況席
一旦実況席に戻る。
中村「風間さん、一発レッドカードが提示されましたが、どのような理由が考えられますでしょうか?」
風間はとても不機嫌そうに語る。
風間「これは完全に決定的な得点機会を阻止したためだと考えられます。」
中村「先ほどのシーンを見てみましょう。」
シュウジがケーコを抱き寄せるシーンのVTRが流れる。
風間「迷う玉田さんに対して意を決して、気持ちを伝えた香川さん…。」
中村「流れるような玉田への腕回しでしたね。」
風間「もう、たまんねぇわ!!って思ってたら」
社員がオフィスに入ってくるシーンが流れる。
風間「はぁ??ほんとにありえない。」
中村「はい。フェアプレー精神から反する
プレイだったと言わざるを得ません。」
○会社・執務室(夜)
レッドカードが提示された社員は主審にスーツの袖を引っ張られて外に連れ出される。
社員「な、な、なんすか???これ??」
外に連れ出された社員にテロップで「次回出場停止」の文言が表示される。
中村「こちらの方はレッドカードが提示されたので、次回意中の人との駆け引きが自動的になかったことになります。」
風間「さ!切り替えて!!次!!次!!」
社員退場の一部始終をぽかーんと見ていたケーコとシュウジ。
ケーコ「なんか、連れ出されちゃったね。」
シュウジ「レッドカード出されてたね」
ケーコ「レッドってどういう意味なの?」
シュウジ「サッカーだと退場って意味で、もうその試合出られないって意味だよ。」
ケーコ「え、そうなの!??」
少し照れながら話し出すシュウジ。
シュウジ「うん。俺たちが良い雰囲気だから審判の人が気を効かせたのかな?」
ケーコはシュウジに好きって言われたことを思い出し恥ずかしがりシュウジから目をそらす。
ケーコ「……」
シュウジ「ねぇ」
ケーコ「なに?」
シュウジ「すぐに返答ってむずかしいと思うんだけどさ。」
ケーコ「うん」
シュウジ「ちょっとだけチャンスくれないかな?」
実況、解説が祈るように声を振り絞る。
中村「さぁ、、届けこの想い!!」
風間「おねがーーーい!!!」
少し笑って聞き返すケーコ。
ケーコ「チャンスってなに?」
シュウジ「水族館…笑」
慌てる解説風間。
風間「え、いきなり???」
少し吹き出すケーコ。
ケーコ「超デートじゃん笑。」
シュウジ「うん、超デート笑。嫌?」
ケーコ「うーーーん笑。ちなみに私まだ 迷っているからね笑。」
服にかかったコーヒーのシミを指さしながら、笑ってもう一回聞くシュウジ。
シュウジ「だめ??笑」
ケーコ「ずるい笑笑」
風間もケーコに同意見でも、テンションは高い。
風間「ずるい笑笑でも、かわいいからいい!」
中村「さぁーー!どうなる!!」
ケーコは観念した表情で答える。
ケーコ「次の日曜なら、空いてる笑」
シュウジ「じゃ、日曜に行こっか笑」
この瞬間、審判が両腕を天に掲げてホイッスルを吹く。
審判「ピー!ピー!ピー!」
中村「前半終了―――!!」
◯実況席
ほっとひと息つく実況と解説。
中村「いやぁ目まぐるしい前半でしたね。」
風間「序盤は正直香川さん劣勢だと思ったのですが、ハプニングから活路を切り開きましたよね〜。」
中村「では、前半を振り返っていきましょう。」
サッカーのハイライトのように前半のダイジェストが流れる。
画面の右上に「前半ハイライト」の表記が表示される。
審判が現れた直後ケーこがシュウジの雰囲気(好意)に気づいたシーン。
中村「まずは前半3分、会話を切り上げようとする玉田。」
風間「若干玉田さん、香川さんを避けてましたからねぇ。出だしはよくありませんでした。」
続いてシュウジがケーコのパソコンをそっと閉じるシーン。
中村「前半10分、やさしく玉田のパソコンを閉じる香川。」
風間「はい。これはよかったですね。意外とやりますよね香川さん笑」
ケーコがコーヒーをこぼしてしまうシーン。
中村「そして、前半26分。このハプニング大きかったですよね〜風間さん。」
風間「ですね〜!互いにシャツにかかったコーヒーを拭こうとして、少し密着したのがでかかったですねぇ!!」
中村「まさにPK。千載一遇のチャンスでした。」
実況席の二人の画面に戻る。
中村「それでは前半のスタッツを見てみましょう。」
サッカーのスタッツ情報のように次の文言が画面に表示される。
(主に落としたい側、今回でいうと香川視点の数値が表示される。)
中村「と、いう数値になっておりますが、風間さんいかがでしょうか?」
風間「この数値でいうと、まず香川さん会話支配率がそれほど高くない。つまり相手の話をしっかり聴こうという姿勢が読み取れますね。」
中村「シュート数、つまり相手に駆け引きを持ちかける回数は多いですよね。」
腕を組みながら回答する風間。
風間「はい。ただ、相手に刺さった枠内シュート数が少なく、また、会話パス成功率が低いので、スムーズな会話ができると、より後半を有利に進められると思いますね。」
中村「後半は枠内シュート、相手に刺さる駆け引きの回数を増やしたいと。」
風間「はい、量より質ですね。そこが勝敗を分けると思います。」
中村「いやぁ!後半も楽しみです。それでは、お知らせの後は後半戦へ。」
(前半終了)
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