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社会人の水中模索
大阪プールで試合があった。
試合といってもマスターズではない。お遊び要素のかなり強い試合だ。
今回のエントリーは50mバタフライ。エントリータイムは弱気に35秒。25歳元スイマーのエントリータイムとは思えないだろう。いやそんなもんだ。水泳歴は6年程度。高校以降は真剣なメニューなんてしてこなかった。許してほしい。
この試合を通して、私が感じたことを綴っていこうと思う。
【試合前日】
前日の夕食、偶然揚げ物だった。それをみて学生の頃を思い出す。まさかここでそんな記憶が蘇るなんて…!運命の悪戯だ。
「試合前日に揚げ物はやめて」「カーボローディングするからごはんとうどんは絶対に1週間前からずっと食べる」
こんなことを母親に言っていたなぁと思い出す。当人は全く覚えていない。父も真っ赤な顔で笑っていた。
あの頃はベストタイムを更新するのが楽しくて、試合はそのチャンスだったから不安と緊張と高揚感が試合の1週間くらい前からずっとあった。それが日を追うごとに増していって、前日は家では謎にピリピリしていた。でもそれは「速そうな選手のルーティン」を模倣してただけで、泳力につながっていたかどうかは本当にわからない。
【試合の朝】
電車に乗って会場に向かうのだが、周りに似たような格好をしている人がいないかをキョロキョロ探す。これは現役の頃もしていた。
「あ、あいつも水泳部だな…。ライバルめ…」といったくだらない闘争心を燃やしていたのだ。今回は開門ギリギリの時間を狙ったので、ライバルと思われる服装の人はいなかった。
会場が近づくにつれて、心臓の鼓動が少しずつ早くなる。自分がソワソワし出したのがわかる。スマホの画面から気を紛らわすものがないか探している。しかし見つからない。LINEの通知もゼロだ。
そして到着。強者の風格を纏わせたつもりになって歩き出す。自信満々に。
【試合会場到着!】
念願の50mプールに到着した!
試合の引率でプールに来ることは社会人になってからも数多くあった。その度に「自分ももう一回泳ぎたいなぁ…」とか、「自分の現役のタイムと比べるとどれくらいかなぁ…」とか思いながら過ごしていた。
そのようなウキウキと若干の不安を持ちながら、ウォームアップをすると懐かしさが込み上げてくる。
私はいの一番にウォームアップに向かう選手だったので、プールサイドにまばらにいる選手を見て、高校の頃を思い出す。そしてお互い目配せしながらコースの位置取りをするのだ。今回は子どもも多かったので慎ましく端っこのレーンを選択したが。
ウォームアップ開始の合図とともに、プールへと飛び込み始める。その集団に紛れるように、やる気MAXな第一集団になるところから私のウォームアップは始まるのだ。
まず、今まで週一で練習をしていたのだが…。25mプールでしか練習をしていなかった。1番の不安は泳ぎきれるかどうかだった。腕がパンパンにならないかどうか、そこも心配だった。実際テンションが上がりすぎて腕はパンパンになったのだが。
まず、50mプールは心地よい。壁を蹴ってストリームラインを伸ばすと、心が穏やかな気持ちになる。水を切り拓いて進んでいくあの感覚が想起される。現役の頃にはそんな感覚はなかったのだけど。
現役の頃は8回ドルフィンキックを打てば浮き上がりやったなぁ…とか思いつつ、今までの練習の経験で10回ドルフィンキックを打つ。ピッタリ浮き上がりだ。
ウォームアップ開始で飛び込んだので、目の前はプライベートプール!誰1人いない。アップで真ん中を泳げるのは最初と最後の特権だ。大会名物の、プールの中で大渋滞は起こらなかったのでそれは少しだけ寂しかった。潜っているだけで楽しいからね。
50mを泳ぐだけで、応援席の人などの懐かしい景色が見えるのだが、背泳ぎをした時は少し別のなにかを感じた。
学生の頃は50mプールでの背泳ぎはゴールが見えずに地獄だったけど、今はなぜかゴールまでの距離がわかっている気がするのだ。
落ち着いてリラックスして泳ぐことができたからだろうか。大阪プールの天井の動きが今となってはわかる。
公式スタート練習に並んでいるあの謎の緊張感。緊張しなくていいのに。周りに見られているんじゃないかと思ってしまうあの状況。実際みんなの飛び込みは見てるし。
飛び込みをするなんて、高校以来だ。
【実際に泳いでみて】
招集に間に合うように時間を調節しながらウォームアップや着替え、栄養補給などを行う。
栄養補給は昔ほど神経質にならずに、直前に食べないでおこう!くらいで留めておいた。今回の失敗は試合水着の着用タイミングである。
「もし履けなかったらどうしよう…時間かかるかも」などと思い、試合の1時間前に履いてしまった。すんなり履けてしまったし。
試合の招集席に座れるのは、10分前くらいだ。早くしすぎてふとももと腰がはち切れそうだった。というかなぜ高校の頃の試合水着が着れるんだ!大学時代にあんなにスクワットしたじゃないか!!
招集されてからは、試合モードに切り替える。高校の頃にどんなことをしていたかなぁと思い出しながら。
腕を回したり、ジャンプしてみたり…。高校の頃もそういえば雰囲気でやってたなぁ。
シリコンキャップをかぶるのだが、なぜかうまくかぶれない。そうだ!思い出した!
現役の頃は誰かにおでこ押さえてもらっていたんだ!!プチパニックを起こすが、大人(仮)の起点を利かしなんとか自力でキャップをかぶる。人生で1番上手くいった。
レース直前、自分の名前がコールされる。あの時自分は一流選手になった気分になるのだ。人間ってバカだよね。雰囲気に流されて。
泳いでいる時はもう必死だ。周りの応援なんて聞こえない。隣のレーンの水泡が見えるだけ。隣のレーンの水泡が見えるということは、負けているということだ。レースの結果は同じ組で4位だった。
でもタイムは目標到達!32.35!一度見間違えて32.09で「惜しい!あと少しで31秒だったのに!」
とか思っていた。0.3秒は全然惜しくない。残念。
動画を見返すと、飛び込みがやっぱり酷い。空を飛んでいる。飛び込み練習したいなぁ…。
そして、年を感じてしまった。まだ若いのに。運動している方なのに。
何本も全力で泳げません。すぐ腕が痛くなる。今回は腰も痛くなった。流石に腰はやばい。
【ふりかえり】
やっぱり水泳が好きだ。部活でしかしてないから長年やってる人には勝てないけど、やっぱり水泳が好きなんだ。
ウォームアップも気がつけば終了時間ギリギリだったし、隙あらば50mプールで泳ごうとしていた。
飛び込みをもっと上手くしたいし、50mの後半のバテ方をもう少しマシにしたい。そして100mにエントリーしてみたい。
色々な欲求が溢れてきて、次はいつ泳ごうか、誰か誘って50mプールを1レーンだけでも借りようかと今は考えさせられている。水泳とはおかしな力を持っているんだなぁ。
だから水泳部の顧問もしたいと思うんだろうな。弱小でいいけど。
スポーツのいいところは、生涯スポーツになる可能性があるところだ。趣味とかそんな大層な名前をつけなくていい。気がつけば泳ぎたくなってるし、気がつけば試合に出ていた。それだけのことだ。
毎週日曜はプールで泳ぐ。後悔を拭うために。
毎週日曜はプールで泳ぐ。日々の疲れを癒すために。
毎週日曜はプールで泳ぐ。呼吸を追い求めるために。
今でも、水泳部のことは思い出す。あまりいい思い出はない。社会人になっても嫌な記憶だけが蘇ることはよくあることだと思う。
「あの頃こうしとけばよかったな…。」の繰り返しが、学生生活だ。
勉強も部活も進路も、希望通りになった私でさえ後悔がある。後悔があってこその青春なのだと思う。
そしてその後悔を、同じ轍を踏ませないために、私は生きているのかもしれない。