人はショックからしか学べない〜三体
三体、第一部をやっと読了。
別の投稿でも少し触れましたが、超絶面白いです。
訳者、監修のあと書きも含めてたっぷりと堪能しました。(アジア人で初のヒューゴー賞受賞のことや、日本語版への翻訳にあたってどんな経緯、事情があったのかという裏事情もドラマチックで楽しめます)
こういった作品はとくに事前知識は入れておかないほうがいいと思うので、例によって例のごとく具体的には内容に触れません。
そうしたことを避け、なにをシェアするかといえば、わたくし個人の主観による印象、その吐露です。
大自然など(災害や脅威含め)強大なスケールの事柄に触れ、畏怖や畏敬の念に打たれると抽象度があがるというか、ちっぽけな日常の雑事に思い悩むことから解放されるということがあります。(良くも悪くも自分や諸事の矮小さを痛感して)
例の感染症騒ぎで少なからず誰もが抱いているであろう閉塞感、息苦しさから解放される読書体験になるかと思います。(たとえそれが読中、読後のわずかな間に過ぎなかったとしても)
そんな浅瀬で立ち止まって、縮こまってビクビクしてんじゃないよ、自分(そして世界も)って感じに。
分厚く(物量的に)ボリューミー(情報的に)で(しかも、まだ全三部作の第一部)決して平易な内容ではないので、誰もが同じように堪能できるわけではないと思いますが、ガツンと衝撃を受けたい人には超絶オススメです。
after コ○ナ、with コ○ナ、post コ○ナとか、とにかく「コ○ナ」とか感染症にからめておけば儲かるだろう、話題になるだろうっていう低能で浅薄で唾棄すべき商いで続々出版されている諸々を読むよりずっとずっと有益です。(おかげで、これまでリスペクト、敬意をもっていた方々を大幅にふるいにかける機会にはなりました。やはり大切なのは自分の軸をもつ。自帰依自灯明です)
人はショックからしか学べませんから。
もちろん、そのショックは付和雷同(ふわらいどう)だったり、権威や低俗なマスメディアからの押しつけに唯々諾々と従うといったことではなく、自分にとって本物のショックであることです。
そして、第二部(の上巻)へ行きまーす、ぬちまーす。(ぬちまーすは最近マイブーム)