超短編小説『隠れた桜の名所』/#monogataryお題:【宮本笑里コラボコンテスト】あなたにとって特別な場所・残したい風景/#2000字小説
#monogatary 2023年3月20日のお題「【宮本笑里コラボコンテスト】あなたにとって特別な場所・残したい風景」で創作した超短編小説(#2000字小説)を紹介します。
※monogatary.com の説明は作品の後にあります。
5分程度で読了可能だと思いますので、ぜひご一読ください。
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『隠れた桜の名所』
「そろそろあそこの桜が満開なはずだから、ひとり花見にでも出かけよう」 頭に浮かんだことをそのまま口に出していた。ひとり暮らしになってから、ひとり言の回数が増えた。自分でも、ちょっとひどいなと感じるくらいに。
当たり前に誰も誘わずにすぐ出かける支度を開始した。「思い立ったが吉日」という言葉が頭に浮かんだけれど、それは口に出さずにそっと隅に追いやった。
誰かと日程やプラン、その他諸々の調整をしなくて済むのが「おひとりさま」の楽なところ。自由気ままな性分と勘違いされるけど、実は繊細さんの自覚あり。他人と一緒にいると気を遣いすぎてしまって疲れるからだ。もちろん、そんな僕にも例外は居る。いや、「居た」になるか。
僕だって最初のうちはビクビクしたんだ。男のくせに情けないかもしれないけど、牛丼店やラーメン屋のカウンター利用でさえ怖気づいていた。
「今時“男のくせに”なんて言ったら、叱られるな」
ジェンダー差別に厳しい人が身近に居るから、つい言葉にも敏感になってしまう。……あぁ、これも「居た」になるのか。でも、癖ってなかなか抜けないものだな。
おひとりさま童貞を捨ててからは、案外慣れるのも早かった。飲食店に客としてひとりで入店するなんてお茶の子さいさいになった。ちょうどその頃「おひとりさま」を題材にしたエッセイや漫画が流行り始めていたこともあって、世の中におひとりさま歓迎ムードの地盤が構築済みだったところも大きい。というか、僕も流れに乗っかっただけかも。
一つの壁である「ひとり映画」を越えた時には、若干「おひとりさまハイ」になっていたかもしれない。セックスを覚えたての盛りのついた男子みたいに、快楽に取り付かれて夢中で繰り返したくなってしまうような……そんな感じかな。あぁ、今はだいぶ落ち着いたよ。いやいや、セックスの方じゃないよ。「おひとりさまハイ」がね。
「ひとりカラオケ」では思う存分泣けるから、清々しさまで感じた。おひとりさまを極めすぎて、「ひとり焼肉」だって何も怖くない体になってしまった。
あぁ、こうして脳内ひとり言のみならまだしも、つい口からぶつぶつ漏れてしまうのは、唯一おひとりさまの弊害ではあるな。
バスは長い長い坂道を上っていく。
桜のピンクによく映える色を無意識に選んでいたのだろう。空色のシャツを着たのは、少し浮かれすぎだったかな。郷に入っては郷に従えだから、黒い薄手のウインドブレーカーのファスナーを首元まで閉めた。
「予想通り、満開だったな」
駐車場の隅に置かれたベンチに腰掛けて、ひとり花見の開幕だ。不格好に握った大きなおにぎりを頬張る。こんな場所でピクニックをするやつなんて、僕の他にはいなかった。
ひとりで食べるおにぎりもおいしいけれど、君と食べれたらきっともっとおいしかっただろう。ひとりは気楽でいいけれど、君とだったらきっともっと笑っていられただろう。だって、君は僕にとって例外だから。
あの日は、建物の中から桜を眺めた。待合室の湿った畳が不快で、用意された軽食も湯呑みに注がれた香りのしない安い緑茶も手をつける気にならなかった。
「こんな時でも桜は綺麗なんだな」とぼんやり思ったのを覚えている。だから、桜と君はいつでもセットで記憶されている。「お花見日和だから逢いに来て」という君の聲が聞こえた気がして……ついここに来てしまったんだ。
建て替えられた近代的なガラス張りの建物が、存在感たっぷりに広い敷地内に鎮座している。エントランスに乗り付けたマイクロバスからカラスのような集団が粛々と降りているのが見えた。おひとりさまの正反対の「団体さま」だけど、あの集団の中のほとんどが、きっと今の僕より淋しい。
再築されてから、掘りごたつ形式になっていたあの和室の待合室はなくなって、結婚式場の親族控室のような洋風の個室がいくつも用意されていると聞いた。人生で最も晴れやかな日を連想させる場所と似ているなんて、皮肉な話だ。流す涙の種類も百八十度違うのに。
需要があるからこそ、老朽化した施設の建て替えが決定されたのだろう。そして、常に朝から夕方までスケジュールがびっちり詰まっているらしい。淋しさが充満する場所にいる方が落ち着くだなんて、僕もどうかしているな。
時代が変わり、もう煙をあげる長い長い灰色の煙突はない。せめて煙となって現実を見せつけてくれた方が心の整理もつきやすいのに……。
「思い立ったが吉日」が最も不釣り合いな場所。君がかたちを失ったこの場所で、狂ったように咲く桜はあまりにも美しかった。
ここの桜の木は、僕にとってはいつまでも残したい風景で、特別な場所。君と今でもつながれる唯一の場所のような気がしているから。
だけど……本当は僕だって気づいている。
一番残っていてほしかった僕の居場所は、もうどこにもないってことを。
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【宮本笑里コラボコンテスト】あなたにとって特別な場所・残したい風景の詳細はこちらに記載してあります。↓
そして、5月10日に大賞が発表されました。詳細はこちらです。↓
つまり、今回記事にした『隠れた桜の名所』は、コンテストの落選作
ということになります。
当初、2023年3月20日のお題がコンテスト参加作品になると知った時、
140字小説は求められているものではないだろうと判断して、この日の
お題投稿には不参加でした。
しかし、#monogataryの2023年3月25日のお題「お花見日和」を見た時に
「火葬場で亡き彼女を想ってお花見する」という着想がわいて、下記の
140字小説を創作して、投稿しました。
この140字小説を創作後、もう少しこの主人公の物語を広げて短編小説に
してみたいと思って、前半に掲載した『隠れた桜の名所』を執筆した
という経緯です。
執筆後もこのコンテストに参加するには不向きな作品だろうと思いましたが、せっかく書いたので募集期間ギリギリに投稿させてもらいました。
なので、もう少し多くの方が読んでくださったらうれしいな……の願いを
込めて、この度noteに記事として掲載することにしました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
《#monogataryお題を説明コーナー》
私の投稿した「#monogataryお題」とタイトルに含まれる関連記事を読んだ
経験がある方にはおなじみだと思いますので、スキップしてくださいね。
monogatary.com さんでは毎日12時にお題が発表されます。
私はそのお題をテーマに、またはそこから着想を得て
ほぼ毎日140字小説を創作し、投稿しています。
※毎回背景・フォントなども物語に合わせて選択しています。
↓ 想田翠 の投稿ページもよければご覧になってみてください。
※Twitterのアカウント 想田翠/140字小説・短編小説 @shitatamerusoda
でも #monogatary ○月○日のお題「○○○」と明記の上投稿しています。
お題は時節に沿ったものやイベントごとにちなんだものもありますが
予測不可能で、monogatary.com のページを開いて初めてわかります。
お題にからめて140字小説を創作しているので、基本的に1話完結なのですが
自主的にテーマを設定したり、連作としてしたためる場合もあります。
他にも #140字小説 や #超短編小説 、#超ショートショートなども
投稿しているので、お時間がある時はぜひお読みください。
◆同じく #monogataryお題で #140字小説 & #500字小説 の
side A&side Bストーリーとして展開している作品はこちらです。↓
◆ほぼ毎日Twitterへ投稿している140字小説を3作品まとめて紹介している
記事も、お時間ある時に目を通していただければうれしいです。↓
プロフィール記事はこちら。 ↓