とっておきの京都手帖11
<京都市立芸術大学>
新幹線で京都駅の東に差し掛かると、京都タワー側に白亜輝く開放的な建物が目に飛び込んでくる。
「これか!」
昨年10月に西京区沓掛から引っ越ししてきた京都市立芸術大学だ。
真っ白のキャンパスは、京芸生の個性を、彼らの未来を、いかようにも描き、歌い奏でる無限の可能性を表しているように感じた。
まだ、京都市立芸術大学の移転構想が浮上する前だっただろうか、十数年前、東七条にある「柳原銀行記念資料館」に、私は北山さんを誘い見学に行った。
この地域は、「崇仁地区」と呼ばれる。
私は、京都を語る時、今に至る諸課題も含め、歴史を正しく認識し、未来に開かれた京都にと願い、行動する一人でありたい。
「崇仁地区」という地域には、部落差別に苦しんできた長い歴史がある。
そうした歴史的背景を踏まえ、映画「パッチギ!」の舞台にもなった。
2018年からの2年間は「崇仁新町」という屋台街にもなった。
記憶に新しい方もおられるだろう。
「柳原銀行記念資料館」は、この「崇仁地区」の一角にある。
十数年前に訪ねた当時の景色を思い出すと、京都市立芸術大学が引っ越してきてからは、学生たちが行き交う若さと創造のエネルギーあふれる街になった。
町の方々による団結が魅力ともなって、学生たちと芸術という表現で輝きを取り戻そうとしている。
今年の年始に放送された、NHKの「Dearにっぽん」「芸術の力で地域に新風」複雑な歴史がある地区に移転した京都市立芸術大学 「“差別の壁”を越えて〜京都・崇仁地区〜」を見た時に、何も知らない世代の学生たちに、住民の方それぞれが、いろんな思いを抱えた上で少しずつでも歩み寄ろうとされていることに感動した。
「皮革業」が長年盛んだった。
衰退した今は、100軒近くあった店舗は3軒になったという。
番組は、革を使って作品づくりをする京芸生と住民の方との交流を取材したものだった。
今なお続く差別を知り、対話を重ねられるだけの信頼を住民の方から得、互いを知り合えることが、“差別の壁”と向き合う姿勢だと感じた。
京都に長年住む者として、私自身もまた知り続けなければならないし悩まなければならない問題だ。
消えない記憶、忘れてはならない歴史。
住民たちは伝えながら、学生たちは教えてもらいながら、そこから始まる「崇仁地区」の新しい歴史がある。
番組の中で、「学生たちは私にとって希望」と話されていた藤尾まさよさんの言葉が忘れられない。
開かれた大学へ
京都市立芸術大学は、今年創立144周年を迎える国内最古の芸術大学。
施設や設備の老朽化等の問題から、大学側が移転を求め、構想から10年を経て実現した。
44年前の1980年から、西京区の沓掛に校舎があった京都市立芸術大学だが、10年前の2014年、「崇仁地区」へ移転することを発表した。
昨年2023年10月に移転し、門も塀もない、本当に開かれた大学校舎が誕生した。
「ギャラリー@KCUA」では、期間ごとに展覧会があり、なんと無料で誰でもみることができる。
ふらっと立ち寄って芸術に触れていくということが京都駅前で叶うのだ。
高瀬川沿いのオープンスペースもある。
「柳原銀行記念資料館」と隣接する地域との交流を行う広場を「崇仁テラス」と命名し、銘板が設置されている。
この場所が、多様な人が集まる「テラスのような大学」であり、京芸と地域住民等がつながる場所となるようにとの願いが込められているという。
また、図書館には14万冊の芸術関連の専門書や雑誌等が所蔵され、学生以外の市民も利用可とされている。
京都市立銅駝美術工芸高等学校も隣接地に移転した。
京都市立芸術大学の学生一人一人を希望とし、その期待と信頼は厚い。
かつて、2012年6月に行われた「法人化記念シンポジウム」では、元学長であり名誉教授だった故・梅原猛さんが講演。
「私が京芸に赴任した当時はボロボロの校舎であったが、そこには芸術の炎が燃えていた。皆、素晴らしい人間であった。
私は京芸でその方達と出会い、芸術がどういうものか分かった。深く感謝している。
また、京芸から日本を代表する芸術家が育っていくのは嬉しい。今後も、多くの芸術家が育っていくことを期待している」
と話されている。
懐かしい梅原さんの声まで聞こえてきそうだ。
シンポジウムの後半には、当時、財団法人国際高等研究所所長だった京都大学第24代総長の尾池和夫さん、華道家元池坊 次期家元の池坊専好さん、卒業生で声楽家の菅英三子さん、同じく卒業生で彫刻家の名和晃平さんの4名をパネリストとして建畠晢学長をコーディネーターに、「国際的な芸術文化の都である京都の芸術大学」をテーマにパネルディスカッションが行われている。
世界を舞台にご活躍されている方ばかりの、実感込もるディスカッションだったことだろう。

その中で池坊専好さんは、
「京都には京都ならではの磁場があり、京芸の卒業生は京都で得たことを力に変えて世界で活躍されている。京芸の学生は、京都のメリットに着目し、吸収して欲しい」
そして尾池和夫さんは、
「京都は恵まれた自然環境の中、1300年という長い年月をかけて、文化を育くんできた。京都にある芸術大学として1000年先を見据えて、大学の未来を考えて欲しい」
「伝統を学び、挑戦し、新しいものを創造する。京都は、そうすることで伝統を発展させてきた。守るべきものは守り、変えるものは変えていく。これは全ての分野において言える」
と、指針ともいうべきエールを送った。
京都を拠点に、京都を愛し、大切にされている皆さまだ。
これほどまでに著名な方々が、京芸生に寄せる思いを読み深めれば深めるほど、温故知新だと感じた。
京都から日本の伝統的な芸術を伝え続け、同時に、新しい芸術の創造をと。
学生と同じ目線に立つ
移転に伴い、学長室壁画も引っ越すことについて師弟協働作業の様子が京芸公式サイトに載っていた。
その学長室壁画を背景にだったのだろうか、現理事長兼学長の赤松玉女さんは、市長賞受賞者と学長トークとして、毎年、受賞者とその作品について語り合っている。
京芸のYoutubeを拝見するに、学長とのトークというよりも、もっと親しみがあり学生との距離が近い、そして学生の作品への情熱を引き出す語らいだと感じた。
学生に向けられた赤松学長の眼差しは、笑みを含み、温かく優しかった。
そして、学生への尊敬も感じられた。
京芸は、教員の先生方も、女性や若い方が多い。
ジェンダーレスの時代にとお叱りをいただくかもしれないが、京芸の公式サイトにおじゃましながら、教員の先生方の男女比率に違和感がなかったからだ。
その校風からも、開かれた大学であることがよく分かる。
「当たり前」が「当たり前」であるのは、案外すごいことだと思う。
然るべき評価を受ける方が、然るべき評価を受けられる、そんな環境で育まれる人材は、のびのびと自由闊達に才能を開花し、たとえ長い人生の途上で行き詰まったとしても、周囲に圧迫されず自分を信じ、道を開いていかれるだろう。
学校という人を育てる環境、組織にあって、大切なことは、枠に当てはめず一人一人を信じ、その人が何を考えているのかと心を尊重することだと思う。
教員であれ、学生であれ、人に対して誠意を尽くせば、必ず開かれた対話になる。
トップ層に立つ人に求められるのは、その人の人間性がどうかだ。
私もまた大事にしてきたつもりだ。
そして学び続け、磨き続けていきたいと思う。
京都駅に近いこの地を、「文化芸術都市の新たなシンボルに」との願いの中で誕生したこのキャンパス。
当時の理事長 建畠晢さんが移転要望書を提出され、構想から10年を経て、現理事長兼学長の赤松玉女さん時代に移転が叶った真新しいキャンパスに、私の心は躍る。
門川大作前市長時代に移転要望があり、決定、コロナ禍を経て移転し、松井孝治現市長時代にどのような新生「崇仁地区」になっていくのか、私は楽しみでならない。
昨年の「移転オープニングセレモニー」には、客員教授でもあられる彬子女王がご出席され挨拶された。
彬子女王といえば、今年4月、PHP研究所から『赤と青のガウン』が出版されたことでも話題になられた。
西脇隆俊京都府知事をはじめとする祝辞の数々、都倉俊一文化庁長官からはメッセージ動画が届けられた。
前理事長・学長である鷲田清一名誉教授からの記念祝辞もあった。
記念式典なのだが、志があって京芸生となった学生たち、芸術を愛す教職員たちからなる参加者であるから、受け身のセレモニーではなく、もう喜びに沸いていた。
京芸の魅力はまだある。
「移転オープニングセレモニー」の出席者ではないものの、京芸の客員教授として、皆さまご存知のあの先生方のお名前も連なっている。
メディアアーティストの落合陽一さん。
2代前の京芸理事長・学長の建畠晢さん。
霊長類研究・ゴリラ研究の第一人者であられる、京都大学第26代総長の山極壽一さんたちだ。
ここでは一部の方だけのご紹介になるが、驚くほど一流の客員教授が揃われている。
とても贅沢だし、様々な観点からの授業が受けられて、なおかつ楽しそうに思う。
先週末、私は北山さんらとともに構内を案内していただいた。
構内と一般道との隔たりを感じなかった。
住民の方との距離が本当に近かった。
学生たちの楽しそうな声や、真剣にデッサンする姿、何やら組み立てて作品づくりをしている姿が、あちらこちらにあふれていた。
ここには人がいる活気と温もりがある。
学生たちがこの環境で、どんな作品を生み出し、どんな作品を歌い奏でるのか。
京都市民として見守り、心から応援したい。
芸大通りを歩いてみる。
京都タワー、新幹線、京芸。
希望と期待を抱きながら喜びに弾む私の一歩一歩に、土地も呼応するかのように感じた。
より身近になった京芸、まずは京都の「芸術の秋」を思う存分楽しみたい。
<参考> 京都市公式サイト
NHK「Dearにっぽん」
京都市立芸術大学公式サイト
<移転に至る背景、
また建設時の模様を知る参考として>
京都市立芸術大学の崇仁地域への
移転・整備に関する要望書より
京都市情報館公式サイト
FUJIWALABO公式サイト
美術手帖公式サイト
日経クロステック/
日経アーキテクチュア 2024.5.23
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