古書店主 【詩/ショートストーリー】
エアコンのない
古本屋にも
資本の荒波は押し寄せる
刑法学が経済学に忍び寄り
会計学の価値が下落
絶版詩集は届かない空にただよい
底抜けした世界文学を掻き分けていくと
懐かしい南米の甘い香り
楔形の植物図鑑
滅亡した昆虫種がまとわりついてくる密林を
手探りで進む
笹の葉のしおりでルビコンを超えると
見たことのない記号が
泡立っている
未解読文字が熱波を発している
原生書物群の一角から
風が吹いていた
ぶぉーっと 吹いてきたので
息ができなくなった
熱帯雨林の最深部
つる植物の根元で光っていた一冊は
めくると風が吹いてきて
とくに そのページからは
ぶぉーっと
(なに なに なに)
その書物には
虹色魔術のことが書いてある
脳天にあいた穴からの
霊的エネルギーの入出力が
極彩色の図版で解説されている
ビリビリビリ
ハラハラハラハラ
この世の終わりと始まりへと突き抜ける
秘密のトンネル
喉からはいってくる恒星が
全身を熱くする
足首から 蛆が湧いて
ニョキニョキと たくさんの脚が
腰から生えてきて
たぎり落ちる汗
そのとき
奥座敷に潜んでいた店主が
目配せをした
(いいものを見つけたな)
探偵帽をかぶって格好つけたオヤジが
牛乳瓶の底から
(世界に一冊しかない本だ いいものを見つけたな)
動物の眼玉を光らせた
(2024.9.12 修正)
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