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【食紀行:ストーリーを求めて旅に出た①】京都 Beer Lab

日々の忙しさにかまけて言語化できていない気持ちの澱をすくおうと、旅に出た。顕在化しているはずなのに見過ごしていることは、積もり積もって判断力を鈍らせ、フットワークを重くするからだ。出会った景色を通して内省し整えるという、まるで本を読むのと同じ過程を、私は旅先でも辿るのである。

残暑厳しく、虫の声以外に秋の気配のまだない京都市に降り立ったのは、九月半ばのことだった。昼過ぎの七条駅は地元の人より観光客が多いようだが、穴場スポットのように見通しが良い。鴨川に映るのは曇天模様だが、心なしか上流より涼しい風がそよぐ。“清涼感”という言葉はここから生まれたのではないだろうか。

「いざ、京の都に立っている」、そんな冒険心と高揚感とはうらはらに、目に映るのはなんとも穏やかな川面とカルガモの親子。安息を求めてさまよう姿は、私と一緒だ。
河岸へ降りて合流点のある上流へ進むうち、白サギやカラスの陣取り合戦というささやかなドラマもあり、その生活の中に同居する自然に、凝り固まった私の心もほぐれてくる。

マガモ、カルガモ、白サギ…人混みを離れのんびり散歩するのにもうってつけの場所だ

ほどなく正面橋も近くなり回廊を離れ、橋を渡る。何十年も改築されていないであろうコンクリートの橋はそれだけで懐かしさを彷彿とさせ、触れた指先から重ねた歴史の熱量を感じる。そのまま高瀬川にぶつかり左折すると、道なりに行けば九条、十条と下るがそこまでは行かず、由緒ある宿が並んだ数件先に見えてくるのが京都ビアラボ“Kyoto Beer Lab”だ。


扉をくぐるとカウンターの向こうに並ぶのは蒸留樽。更に奥のガラス面越しに忙しなく作業する外国人の彼が、どうやらこの店の造り手さんのようだ。傍らでは20〜30代のスタッフが、開店のスタート業務に勤しんでいる。
ところがこの日は既にお客さんが席の半分を占め、その賑わいの一端を見せている。休日の昼間に、家族連れで来ている地元の方、常連さんとおぼしきお一人様、そして私のような観光客が、疾走感溢れるUKロックとともに昼下がりのビールを銘々に愉しんでいる。
ラインナップはオーソドックスなものから個性豊かなものまて揃っているが、本日紹介するのは次の3種類だ。

まるで黄金比を追求したかのような“ビールの美”

まず一杯目は、“ビールの美”。その名の通り、香りも後味も澄んでいる美しい一杯だ。鳥獣戯画のパロディを模したオリジナルグラスでいただきながら、鴨川の水面を思い出す。
京都市内に広がる清らかな川、豊かな水の風景をそのままグラスに移したような、かけつけ一杯にふさわしい、きめ細やかな喉越しだ。

白文字が映える“熱帯夜”

次いで出てきた一杯は、“熱帯夜”。連日の真夏日にふさわしい熱気をはらんだダークエール。見た目からは濃厚な味を連想するが、ここは造り手のセンスが光るところ。一口含むと深みのある香りが鼻腔中に広がるが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」スッキリとした飲み口の一杯だ。眠気の気配の全くない宵居に、是非試してみてほしい。


名前からしてインパクトの強い“キーライム・パイサワー”

店内に流れるテンポ160のギターのカッティングとともにそれらを小気味よく流し込んだ後は、最後の一杯、“キーライム・パイサワー”。
表記によると他のものとは異なり、どうやらキーライム(メキシカンライム)の果汁がブレンドされているよう。醸造元のオンタップならではの新鮮さが味わえる、我ながらナイスチョイスの一杯だ。
味の想像が全くつかないまま運ばれてきたグラスは、まるで発光しているかのようなフレッシュな黄色。黄金色の“ビールの美”とは対照的にうすにごり、果汁感が伝わってくる。一瞬湧いた、懐疑的な気持ちに逡巡しながらもグラスにそっと顔を近付けると、それらはあっさり期待感に代わりグイっと一口…。
いつも国内の安全牌とも呼べる堅実なクラフトビールをチョイスしてきた私にとっては、初めて口の中に広がる“パンキッシュ”さ、攻めラインナップだ。本来はエスニック料理によく使われるというキーライム果汁の酸味が口腔内にとどまらず脳内に充満し、ほろ酔い気分になりかけていた私の意識を呼び覚ます。

そう、ここは“Kyoto Beer Lab”。その名の通り、ビールの新しい可能性と化学反応が生まれる場所。伝統が重んじられる京の都で、密かに(?)革新的なビールが造られる場所であることには間違いない。
装飾にアナーキーさもチラつく店内は、だが、古い友人宅に遊びに来たような気取らなさが息づいている。

まだ少しあどけなさが残るスタッフたちは、これからも力を合わせてこの地で新しいビールを提供し続けてくれるだろう。次に訪れた時は「ただいま」と言いたくなるような名残惜しさとともに、私は店を後にする。
一歩外に出ると、そこは曇り空とともに変わらぬ暑さが停滞する京の街。だが、生活に必要な“晴れ間”を胸に、私はまた日々を歩み出すのだった。

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