書評:プラトン『パイドン』
実践哲学としてのイデア論
今回ご紹介するのは、プラトン『パイドン』。
プラトンが初めて「イデア論」を提唱した重要な著作とされる。
イデアとは、ものごとの本来の姿、本質といった概念である。そしてソクラテス/プラトン哲学においては、それがそのまま「理想の姿」であるという価値判断を含む概念であることが特徴だ。
ものごとのイデアは、純粋な思惟によってのみ認知できるとする主張がプラトン哲学の基本にある。他方同時に、人間は肉体という制約があるため純粋な思惟を実現し得ず、生きた状態ではイデアは認知できないとするのもプラトン哲学の主張でもある。
その立論においては、イデアを少なくとも理論上認知可能なものとして定義するために、「魂の不滅」が論証されることが必要となる。
この論証は、肉体の制約を離れ純粋な思惟が可能となる「魂」の状態においてこそイデアは認知し得るという内容だ。この主張が有意味であるには「魂の不滅」が事実として不可欠になるだろう。
しかしここで行われるのは、魂の不滅はイデアの認知のために要請されるとの主張のみに留まる。魂の不滅も、魂の状態ならば純粋な思惟が可能であることも、ここにおいて論証されるわけではないのだ。魂の不滅に係る論証としては話のすり替えが起こっていると言っても過言ではないだろう。
しかし私は、それでもソクラテス/プラトン哲学には価値があると主張したい。
私の個人的な見解となってしまうが、ソクラテス/プラトン哲学において注目すべきは「真偽」ではなく、実践哲学・道徳哲学として、その哲学がどう人の生き方に作用するかを読むべきであると考える。
イデアは肉体という制約のため生きた人間には認知不能、どうせ知り得ないのならば知ろうとすることに意味はないのだろうか。ソクラテスの立場は否であり、私もそこに注目する。
認知し得ないながらも、極力肉体の制約を排除し思弁に生きよ。イデアの認知を目指して生きよ。それがソクラテスの指南であるのだ。
人間は如何に生きるべきか。
これを常に問い続けたのがソクラテスでありプラトンであった。この問いは真理そのものを問う純粋哲学とは一線を画している。この点を混同すると、プラトンの著作は生きた著作として浮かび上がってこなくなるだろう。
思えば、人の世には完全・完成が無理でもそこに近づく営みに価値があるという類のものは無数にあります。
例えば、人とのコミュニケーション。
他人同士が完全に理解し合うことは不可能。それはそうであろう。では、逆振りで没交渉が望ましいのか。どうせ完全理解が無理なら最初からコミュニケーションなどしない方が良いのか。そんなことはないと私は思う。部分的な相互理解であっても(そしてたとえその中に幾分かの誤解が含まれていたとしても)、相互無理解よりは遥かに良い状態であると信ずるからだ。そして相互理解の限界はそれ程低いものではなく、相互の誠意ある対話によりかなりの程度まで深い到達が可能なはずだ。
プラトンの著作の多くがソクラテスの対話篇であることを受け、コミュニケーションを例に取り上げた。
話を戻そう。
では、彼らが目指した生き方は果たして「善い」ものなのだろうか。
ここでもやはり「真偽の問題ではない」という前提が顔を出すことになる。共感する人もいれば嫌悪する人もいるだろう。それでいいのだと私は思う。
彼らは彼らの信念に生きようとしたのであり、それ自体を否定することは誰にも出来ない。
彼らが何を考え、どのように生きたかを読むのであれば、それは文学を読む行為に近いのかもしれない。であれば、人により好みが分かれることも当然とも言える。
ただ私は、真偽のみでプラトン哲学を判ずることに対しては、文学を「フィクションだから嘘で無価値だ」と言って否定するようなもったいなさを覚える。
話は逸れますが、本著における「イデアは実在するが生きた人間には認知し得ない」という主張は、論理的に重要な含意を持つと考える。それは、「認知できる」ことは「存在する」ことの証明になり得るとしても、「認知できない」ことは「存在しない」ことの証明にはならない、という立場が適切に前提とされている点にある。「無いことを証明する」のは、人間の知覚ではないということ。私は常にこの立場を取ることを心がけたいと思っている。
また主題とは逸れる本著の舞台設定についてですが、本著はソクラテスの処刑の当日に行われた対話として描かれている。人間は最終的には肉体の束縛を離れイデアを認知し得る魂に至るのだという論理から、自らの処刑を従容として受け入れるソクラテスの姿が描かれているのだ。
ソクラテスの最期のシーンは荘厳であり、このシーンを読むだけでも、本著の価値はあると思います。
読了難易度:★★★☆☆
イデア論の実践的側面度:★★★★☆
物語としての読み応え度:★★★☆☆
トータルオススメ度:★★★★☆
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