【小説】あと10日で新型コロナウイルスは終わります。
~時間との戦い~
⚫⚫さんの呼吸が荒くなってきた。
救急車到着まで、あと10分。
一人の看護師が救急車にのせるための酸素ボンベを取りに行った。清潔ルートを防護服で小走りしながら、
(救急車が出発したら、すぐに他のスタッフたちにも不潔ルートが増えたことを伝えねば)
と思った。別の看護師は、院長の指示した点滴セットを用意していた。
「わたしが救急車に同乗します!」
一人の看護師を名乗りを挙げた。反対する者は誰もいなかった。
事務スタッフは、正面玄関のドアを鍵を開けて、サイレンが聴こえたらすぐにドアを観音開きする手はずを整えた。
今すぐに開けなかったのは、診療時間が過ぎているとはいえ、ドアが開いていれば、別の患者さんが入ってきてしまう可能性があるからだ。
救急車に同乗する看護師が、⚫⚫さんの検査結果、母子手帳、カルテがあるかどうか今一度確認した。
ピーポー、ピーポー、……
遠くで救急車のサイレンの音が聴こえると、事務スタッフは走って正面玄関に行き、急いでドアを観音開きにした。
ピーポー、ピポ。
開け終わると、すでに救急車は目の前に到着していた。慌ただしく救急隊が3人降りてきた。もちろん、みな防護服だ。
「こちらで宜しいですか。」
「はい、お願いします。」
担架が中に入れられて、診察室に入って行った。
⚫⚫さんが担架で運び出されると、院長がそれに続き、同乗する看護師が⚫⚫さんの荷物とカルテを持った。さらに、酸素ボンベを持つ看護師、点滴セットと“トートバッグ”を持つ看護師が続いた。
救急隊、⚫⚫さん、院長、同乗する看護師が乗ると、残る看護師が酸素ボンベと点滴セットを車内に乗せた。
最後に、“トートバッグ”を同乗する看護師に渡した。
「“お産セット”です。」
お産施設のない⚫⚫クリニックであったが、いざというときのために、お産セットを用意していた
「わかったわ。」
同乗する看護師は『まかせて』と目で合図しながらそう言った。
彼女が救急車に同乗することに誰も反対しなかったのは、彼女が以前、お産施設のある産婦人科で勤務していた経験があり、正常分娩にも異常分娩にも立ち合った経験が豊富だからだ。
いちばん最初に転送希望したA総合病院なら、救急車で15分で到着するのが可能だったが、B総合病院だと最低30分はかかる。
しかも、今の時間帯は帰りの帰宅ラッシュ時間と重なっていた。
救急車のドアが閉まり、車内の準備が整うと、すぐに救急車はサイレンを鳴らしながら発車した。
「お願い!間に合って!」
気づくと、祈るように手を合わせているスタッフもいた。
がしかし、いつまでも、救急車を見送っているわけにはいかない。院内ではやらなければならないことがたくさんあるからだ。
不潔ルートと診察室と使った器具をすべて殺菌・滅菌消毒しなければならないのだ。
「⬜⬜さん、今晩は院内に泊まってもらうかもしれない。院長がいつ戻ってくるかわからないから。」
看護師の一人が、看護助手の⬜⬜さんに声をかけた。⬜⬜さんは、公園からずっと⚫⚫さんに付き添っていたのだ。
「清掃しなければならないから、⬜⬜さんは控え室でずっと休んでいて。」
「わたし、トイレに行きたいんだけど。」
⬜⬜さんは半泣きだった。
「あっ、ごめんなさい!」
⬜⬜さんはかれこれ2時間はトイレを我満していた。
*
今は、院内のほとんどが不潔ルートで、⬜⬜さんを始め、防護服の外側が“不潔”なので、マニュアル通りに清掃する順番を守れば、すべて“清潔”に戻る。
トイレから戻ってきた⬜⬜さんに声をかけた。
「⚫⚫さんに付き添っている間、ずっとマスクはしていましたか。」
「私も⚫⚫さんもずっとマスクをしていました。」
✔お互いマスクをしていた。
✔ずっと外だった。
✔⬜⬜さんはずっとメガネをかけていた。
もし、⚫⚫さんが新型コロナウイルスが陽性だったとしても、⬜⬜さんは濃厚接触者にあたらないかもしれない。
*
「血圧160/119」
「アプレゾリン(注射20mg)」
救急車の中では、⚫⚫さんの容体が刻一刻と変化し、時間との戦いが始まっていた。
型コロナウイルスが終わるまで、
あと10日。
これは、フィクションです。
◆自殺を防止するために厚生労働省のホームページで紹介している主な悩み相談窓口
▼いのちの電話 0570・783・556(午前10時~午後10時)、0120・783・556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)
▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570・064・556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▼よりそいホットライン 0120・279・338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120・279・226(24時間対応)
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