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【小説】穴が空いた靴下をコの字綴じで繕う

「新しい靴下を買って!」

「ダーメ、今月、お財布が厳しいから。縫うから出して」

「そんな靴下、恥ずかしいよう」

「綺麗に縫うから我慢して」

娘が中学生になって、小学生と比べて通学距離や行動範囲が格段に広がった。

しかも、ソフトテニス部にも入ったので、靴下の消耗が激しい。すぐに靴下に穴が空いてしまう。

新しい靴下を買ってやりたいが、身長も体重もまだまだ成長期で服代がかかるし、これから先の学費を考えると、今は節約せざるを得ない。

娘は観念したのか、しぶしぶ穴の空いた靴下を差し出してきた。

翌日、娘が学校に行くと、洗濯して干した。午後3時過ぎ、洗濯物を取り込んで、靴下以外は折り畳んだ。

(さあ、ここからどうするか)

中学生くらいがいちばん身だしなみをきにかけるのだろう。自分もそうだったからわかる。しかも、ちょっとしたことがイジメの切っ掛けにもなりうるから尚更だと思う。

お金がなくて新しい靴下が買えないから。穴の空いた靴下を縫って履いているから。そんなことが原因で、娘がイジメの標的になったらどうしようか。やっぱり、無理してでも新しい靴下を買うべきだろうか。

もう一度、まじまじと穴の空いた靴下を見つめた。

* * *

「やだ、恥ずかしいよう」

「新しいのは買わないからね」

穴が空いた靴下を脱いで、洗濯カゴに放り投げていたら、翌日の夜、穴が空いた部分が繕われて、他の服や下着とともに自分の部屋に綺麗に畳んで置いてあった。

穴が空いて薄汚れた白い靴下に、内側から別納白い布の一部があてがわれて縫われていた。

あてがわれた布の白さが目立って、穴が空いた靴下を縫ったのがバレバレだった。

「やだ、目立つよう」

「いやでもなんでも、絶対買わないからね」

始めは、穴の空いていない靴下だけを履いてどうにかやりくりしていたが、穴が空いている靴下はどんどん増えて、穴が空いていない靴下は減る一方だった。

(こうなったら、新しい靴下を買ってもらうまで我慢比べだ)

ある日、学校から帰ると、穴を繕った靴下7足とともにカードが付いていた。

「漂白したので、白さの違いは目立たなくなったと思います」

畳んである靴下を広げてみた。

確かに、薄汚れた靴下は真っ白になり、あてがわれた白い布との違いはパッと見わからなくなっていた。

「負けた」

思わず声に出して言っていた。

それからは、空いた穴を繕った靴下も履くようになった。イジメは起こらなかった。

高校も大学も、母が繕ってくれた靴下を履いていたが、社会人になって、自分でお金を稼ぐようになってから、繕った靴下はすべて捨ててしまった。

「捨てるんじゃなかった。あれって、どうやっていたんだっけ」

うろ覚えで、白いガーゼを適当な大きさに切って、内側から靴下に縫い合わせた。

全然違うような気がする。

トゥルルルル

「お母さん、久しぶり。元気?」

「元気よ。どうしたの?」

「いきなりでごめんね。穴が空いた靴下を縫っているんだけど、お母さんが縫ったのとは全然違う気がするの? なんでかな?」

「あてた布はなに? 何縫いにしたの?」

「布って、何縫いって、内側からガーゼの切れ端をあてて普通に縫ったのよ」

「ガーゼって(笑)。それじゃあ、伸びないわよ。伸縮性のあるTシャツとかにしたら。もちろん、着なくなった物を使うのよ。それと、靴下を表にして左右に伸ばすと、縫った糸が見える?」

「うん、見える」

「じゃあ、コの字綴じにしたら?」

「『コノジトジ』って、なに?」

「カタカナのコの字を描くように縫っていくのよ。そうしたら、縫い目が目立たなくなるの」

その後は、何度やり方を聴いてもよく分からなかったので、スマホで検索して動画で見た。

当時、母は、靴下のように伸びるTシャツを選び、縫い目が目立たなくなるようにコの字綴じをして、色の差をなくすために漂白までしていたのだ。

コの字の間隔が小さければ小さいほど、靴下とTシャツの縫い目が分かりにくくなるので、1ミリ単位で縫っていたら、最初の1足を仕上げるのに丸1日かかり、さらに漂白して乾かしたので、さらに、1日を費やした。

合計2日の大作。果たして、娘は履いてくれるのか。

出来上がった靴下を娘に渡すと、娘はあてがわれた布をまじまじと見た後、黙ってしまった。

娘は観念したのか、察してくれたのか。翌日その靴下を履いて登校してくれた。

ワコール『#下着でプチハッピー』(2021年春)の応募ストーリーです。

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