めっちゃ動くけどタイトルはドント•ムーブ!自ら命を捨てようとした女性が見せる“生”への渇望「ドント・ムーブ」【ホラー映画を毎日観るナレーター】(699日目)
「ドント・ムーブ」(2024)
ブライアン•ネット監督
アダム•シンドラー監督
◆あらすじ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
悲しみに暮れる女性•アイリスが、苦痛から逃れようと人里離れた森の奥地に来ていた。そこで出会った見知らぬ男に、筋弛緩 (しかん) 剤を打たれてしまう。徐々に体の自由が奪われていく中で、彼女が生き延びるためには、全身の神経組織が完全に停止してしまう前に、逃げて、身を隠し、戦わなければならない。(Filmarksより引用)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『自ら命を絶とうとしていた女性がサイコパス男に命を狙われたことで自身の中に“生きることへの執着心”が芽生える』
という人怖系クライムホラーなんですけども、その中に『生きるとは』という壮大なテーマが込められており、非常に見応えのある仕上がりになっているNetflixオリジナル作品です。
この作品の非常に憎らしいのが『息子が死んでしまったという事実に耐えきれなくなった主人公がサイコパス殺人鬼の標的にされ何度も何度も死に直面したことで、生きようともがき続け、誰よりも生に縋り付く』という所なんだと思います。
ともすれば『ほら!死のうとしてたけどやっぱ生きたいんじゃん!』という皮肉にも見えてしまいますが、冒頭の十数分である程度余白は残しつつも、丁寧かつシンプルに主人公の置かれている状況や精神状態を描き、さらには犯人側に視聴者の意識が必要以上に向かないようにそこまで味付けを濃くしていないのがすごく良かったです。
そのため最初から最後まで我々視聴者は完全に主人公のアイリスに感情移入できるので、彼女がピンチに直面する度に「頼む!アイリス、生きてくれ!」と前のめりになりました。
主人公アイリス役のケルシー•チャウ氏は心を病んで自ら命を絶とうとする母親役という難しい役どころを見事に演じきっており、相当印象に残りました。今のところ大きな役や代表作と呼べる作品は特に無いようですが、この作品を機に大ハネしそうな気がします。
ちなみに今作の監督を務めたブライアン•ネット氏とアダム•シンドラー氏、そして脚本を担当したT•J•シンフェル氏とデヴィッド•ホワイト氏についてはあまり情報が無く、一応2015年にはシンドラー監督•シンフェル氏脚本で「侵入者 逃げ場のない家」というB級ホラー映画を発表しているほか、シンフェル氏とホワイト氏の共同脚本でもう一作長編映画が発表されているぐらいでした。
なんですけども、今作の製作には「ホステル」(’05)、「グリーン・インフェルノ」(’13)、「サンクスギビング」(’23)等、数々の名作ホラー映画を世に出してきたヒットメーカーのイーライ・ロス氏が加わっているようです。
日本でもまだ公開されていませんが、現在は「Borderlands」という、ゲーム原作のSFコメディアドベンチャー映画の監督•脚本を担当しており、こちらも公開が待ち遠しいですね。
余談ですが「ドント〇〇」みたいなタイトルの作品はたくさんありますが、その中でも特に私は「ドント・ブリーズ」(’16)を推してます。『泥棒三人組が退役軍人のめちゃくちゃ強い盲目おじいちゃんにボコボコにされる』という魅力溢れるお話になっており、兎にも角にもこのおじいちゃんが激ヤバなのでまだ見ていない方は是非!ちなみにこちらの作品には製作としてサム・ライミ監督が加わっております。
「ドント・ブリーズ」(激ヤバおじいちゃんが出る方)はU-NEXT等で配信中のほか、アマゾンプライム等でもレンタル(200円〜)が可能です。
そして今回視聴した「ドント・ムーブ」(生きようとする方)は現在Netflixでのみ配信中です。
◇ハイキング中の事故で息子を失ったアイリスはその悲しみに耐えきれず、息子が亡くなった場所を訪れ、今まさにそこから身を投げて命を絶とうとしていた。しかし、そこに偶然居合わせた男•リチャードがアイリスを優しく諭して自死を回避させる。少しずつでも前向きに生きていこうとアイリスが思った矢先、突如スタンガンを隠し持っていたリチャードに襲われ、さらには気絶している間に筋弛緩剤まで打たれていた。アイリスは一瞬の隙を突いて逃げ出したものの、リチャードはどこまでも追いかけてくる。さらには時間の経過とともに体の自由が奪われていき…
といった感じに展開していきます。
『体が動かなくなる』という設定は一見ストーリー展開に制限をかけて、脚本家自らの首を絞める行為に思えてしまいます。しかし、今作ではこのお荷物にもなりそうな設定を最大限に活用しています。
なんとか一瞬の隙をついてリチャードの車から降りて森に逃げ込むアイリスでしたが、さっそく手足が痺れてきて、走ることはおろか歩くことすら難しくなってきます。リチャードはそんなアイリスをじわじわとまるで狩りを楽しむかのように追い詰めていく。
こんな最悪な状況でアイリスは唯一まともに動かせる脳をフルに働かせ、あえて川に飛び込み、そのまま流れに身を任せてリチャードから逃げ果せたり、その流されている間は極力動かないようにして、岸に着いてから自力で陸に這い上がるための体力を温存したりと『制限がある中で何が出来るのか』をこれでもかと我々に見せてくれます。
流された先で老人に救われた時には声を出すことも出来なくなりますが、目の動きやまばたきだけでコミュニケーションが取れることを伝えたりするシーンもすごい良かったですし、この老人がとにかく頼りになる良いキャラなんです。
のっぴきならない事情を察した老人はアイリスを自宅に匿います。しかしそこへ夫のふりをしたリチャードが「妻は精神病で〜」とか「症状が酷いと動かなくなるし、喋れなくなって〜」等など口から出任せを連発してアイリスを取り返そうとやって来るも、老人に見抜かれ警察に通報されてしまいます。ここで2人は揉み合いになるんですけども、この老人がめちゃくちゃ強いんです。終始リチャードを圧倒してボコボコにしますが、一瞬の隙をつかれてナイフで刺殺されてしまい、さらにはアイリスが部屋に隠れているにも関わらず、証拠隠滅のために家ごと燃やしてしまいます。
ここでまたアイリスは“このまま焼け死ぬ”のと“自分の存在をリチャードに知らせて焼死を回避する”という二択を瞬時に天秤にかけて、わずかに動く指先で床を叩き、リチャードに気づかせるという優れた状況判断を見せてくれます。
その後もガソリンスタンドに立ち寄った際に出会った親子やリチャードに職務質問をした警察など、自分を助けてくれそうな人に出会った時、彼女はその場その場で自分が出来うる最大限の行動を取り、自分が助かる可能性をほんの少しでも高めようと努めます。その彼女の生への執着が運を手繰り寄せた結果があのクライマックスに繋がったのかもしれません。
物語の終盤では弛緩剤の効果が切れ始め、喋れるようになったことで逆にアイリスがリチャードを精神的に揺さぶったりするのも徐々に形勢が逆転する構図が見えて面白かったです。
なんですけども、個人的には『体が動かない状況で何をするのか』でストーリーが展開する中盤までの方が断然好みで、最後は“盛り下がる”まではいかないですけど少々普通で、あっさり終わってしまった印象です。
しかし、致命傷を負って今まさに死に向かっているリチャードに対して「ありがとう」と一言だけ残し、トドメを刺さずにその場を立ち去るアイリスには震えましたね。めちゃくちゃかっこよかったです。
この「ありがとう」にはもちろん皮肉も含まれているんでしょうけど、何よりも「自ら命を絶つなんて馬鹿げていると気づいた。生きようと思えるようになった」というアイリスの生きることに対する強い気持ちが感じられてとても良かったです。
他の方の感想なんかを見てみると結構酷評されていることが多くてびっくりしました。確かに内容自体にはそこまでボリュームが無く、映像やカット割りのクオリティの高さに少々負けちゃっているような気がしなくもないです。あと、犯人であるリチャードの犯行動機みたいなものや人間性がいまいち分からないままだったのも評価を下げてしまった要因かもしれません。
でも個人的にはすごく良い作品だなと思いました。刺さる人には刺さる作品なんですかね。気になる方がいらっしゃいましたら是非ご覧になってください!
☆この度ホームページを開設しました!
もしよかったら覗いてやってください。
渋谷裕輝 公式HP↓
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?