コンコルディア_のコピー

アンティークコインの世界 〜コインで辿る共和政ローマの将軍〜

ローマ帝国は広大な属州によって成立していたが、実はそのほとんどが共和政期に取得されたものだった。今回はローマを帝国へと導くことに貢献した名だたる共和政期の将軍たちをコインと共に紹介していく。


ルキウス・アエミリウス・パウルス・マケドニクス

ペルセウス5世を屈服させ、マケドニアを制圧した将軍。マケドニアはアレクサンドロス大王の出身地で、ファランクスを用いる強国だった。「マケドニクス」とは「マケドニア征服者」の意で、その功績から彼に付けられた添え名。


マルクス・アウレリウス・スカウルス

イタリア北西部リグリア地方(現在のジェノヴァ)を制圧した将軍。リグリア人は、ガリア人と協力して幾度もローマ人を悩ませたことで知られる。このデナリウス銀貨は、発行者が不明という珍しいコインである。だが、発行当時に執政官(コンスル)だったマルクス・アウレリウス・スカウルスの軍功に関係したデザインと推測できる。ローマの執政官は、政治と同時に軍の指揮も行っていた。


マルクス・アエミリウス・スカウルス

グかの有名なナエウス・ポンペイウス・マグヌスの部下。シリア属州総督であり、ヌミディアの王アレタス3世を屈服させた将軍だった。その後、ヌミディアはアラビア属州としてローマに併合された。ポンペイウスの後ろ盾を得て執政官に立候補したスカウルスだったが、汚職問題で有罪判決を受けた。古代ローマを代表する政治家マルクス・トゥッリウス・キケロを弁護人として立てるも、有罪は免れずローマから追放された。

ガイウス・ヒュプサエウス

この銀貨には二人の将軍の名が刻まれている。もう一人の将軍はガイウス ・ヒュプサエウス。彼はプリウェルヌム地方(現在のイタリア・ラティオ)を制圧した将軍。この地にはフォルスキ族が住んでいたが、前4世紀という早い段階でローマの手に落ちている。ローマの近郊であり、立地的にも重要だった。


ガイウス・ウァレリウス・フラックス

ガリア地方(現在のフランス)を制圧するための遠征任務を担当した将軍。独裁官として有名なルキウス・コルネリウス・スッラ・フェリクスの同僚にあたる。


ルキウス・ポストゥミウス・アルビヌス

ヒスパニアを制圧した将軍。ヒスパニアとは現在のスペインに相当するイベリアの地で、軍事上重要な拠点となるため、ローマは早い段階からこの地を狙っていた。


マニウス・アクィリウス

シチリアで起こった反乱を制圧した将軍。鎮圧は無事成功し、マニウス・アクィリウスは称えられた。シチリアはイタリアの南方に位置する島で、ギリシア人とフェニキア人が入植していた。しかし、立地上重要であることから、この地の取得にローマは躍起になっていた。


ガイウス・マリウス

類い稀な軍才から昇進し、平民階級の身でありながら一時はローマの頂点に上り詰めた。当初ローマ軍の兵士の武器は自前であり、貧しい者は脆弱な武器しか装備できなかった。だが、マリウスが武器を支給制に変えたことを機に、軍は格段に強くなった。これを機にローマは周辺地域の支配をより効率的に行っていく。だが、マリウスの活躍を疎ましく思う人間たちもいた。貴族階級の者たちである。彼らは平民階級のマリウスが権力を握っていることが気に食わなかった。そこで貴族出身の青年ルキウス・コルネリウス・スッラ・フェリクスをトップに据え、打倒マリウスを掲げた。


ルキウス ・コルネリウス・スッラ・フェリクス

没落貴族の出身。若い頃は生活するのも大変なレベルで、妻に食べさせてもらっているほどだった。だが、軍才を発揮して功績を重ね、昇進していく。平民階級のガイウス・マリウスと対立していたが、マリウスが老齢で死去し決着は自然についた。以後、ローマはスッラの手に握られる。スッラは執政官よりも上の役職である独裁官に就任したことでも知られる。この役職は、非常事態に設置される臨時職で任期は半年とされた。独裁官の任期を終えたスッラは、権力に固執することなくあっさりと政界から引退し、老後の生活を楽しんだという。「フェリクス」とは「幸運な」の意で、彼の業績を称えて付けられた添え名。ちなみにスッラは、ガイウス・ユリウス・カエサルを嫌っていた。


グナエウス・コルネリウス・レントゥルス・マルッケリヌス

グナエウス・ポンペイウス・マグヌスの部下。同僚であるクィントゥス・カエキリウス・メテッルス・ピウスのヒスパニア遠征の支援任務を託され、同地に向かった。ローマでは名高い貴族コルネリウス氏族の出身。


クィントゥス・カエキリウス・メテッルス・ピウス

グナエウス・ポンペイウス・マグヌスの部下。ヒスパニアの反乱を阻止するべく、遠征の任務を託された。作戦は見事成功、制圧と平定に寄与した。「ピウス」とは「敬虔な」の意で、彼の業績を称えて与えられ名。ローマの有力氏族メテッルス氏族の出身。メテッルス氏族は、先祖がカルタゴとの戦いにおいて敵軍の戦象を捕獲した功績から、象を家紋にしており、貨幣に象のモティーフを刻印することが多い。


ガイウス・ユリウス・カエサル

ローマ最大の英雄。ガリア戦争で巨万の富と軍団の支持を得て、その名を馳せた。権力を手にしたカエサルは、共和政の伝統を守るローマの掟に反し、帝王の地位を望んだ。結果、周囲から反感を買い、信頼を置いていたブルートゥスらなどの部下に暗殺された。


グナエウス・ポンペイウス・マグヌス

ローマ最強の将軍。若き頃から数々の武勲を挙げたことから、ルキウス・コルネリウス・スッラ・フェリクスに気に入られ、「マグヌス(偉大な)」の添え名を与えられた。とはいえ、スッラ存命中はマグヌスの名は畏れ多さから気を遣って利用せず、スッラの没後に本格的に利用するようになった。ガイウス・ユリウス・カエサルとは当初は盟友だったが、カエサルが武装を解除せずにルビコン川を渡ったことを機に最大の宿敵となる。当初はカエサル軍より優勢だったものの、ファルサルスの戦いで大敗を喫し、エジプトに支援を求めて敗走。しかし、ファラオのプトレマイオス13世に裏切られアレクサンドリアの沖合いで暗殺された。

グナエウス・ポンペイウス・マグヌス・ミノル

本貨はポンペイウスの息子の一人で同盟のグナエウス・ポンペイウスにおり発行された。彼はポンペイウスの長男で、父との混同を避けるためミノルの名が添えられる。日本では小ポンペイウスと呼ばれる。父ポンペイウスがカエサル派に破れた仇を取るため、ヒスパニアで挙兵して対抗したが、結果は敗北に終わり処刑された。ガイウス・ユリウス・カエサルとマルクス・アントニウスは、エジプトの女王クレオパトラ7世と愛人関係にあったことで知られるが、小ポンペイウスは二人よりも前にクレオパトラと関係を持っていたと伝えられる。


マルクス・アントニウス

圧倒的な戦闘能力と軍事的指揮力を兼ね備えたローマが誇る将軍。危険を顧みない勇敢な行動は市民の人気を集めたが、その傲慢な性格と常識に欠ける面から貴族層に嫌悪された。父と祖父が反社会的組織に属していたことから、青年期はローマにいられず、ギリシアでの戦争に参加し将軍としての素質を磨いた。その後、カエサルに見込まれ、彼の副官として従事。ガリア戦争の成功とカエサルの名声も、アントニウスの存在なしではあり得なかったことだろう。屈強な肉体からカエサルのボディーガードとしての役割も兼任していたが、暗殺当日はブルートゥスの仲間に出し抜かれ、計画の阻止に失敗。だが、この事件を機にアントニウスはカエサルの後釜として、ローマを掌握する大権を手にした。


マルクス・ユニウス・ブルートゥス

カエサル暗殺メンバーの中心人物。ガイウス・カッシウス・ロンギヌスに誘われ、カエサルの暗殺計画に参加した。だが、軍才はなく、政治的思想にも芯がない。明快に説明するということができず、簡単なことをくどくどと言い訳のように説明する節がある政治家。キケロへ宛てた手紙から、そんな彼の性格がうかがえる。名門貴族ユニウス家の出身だが、氏族の七光り的な面が強い。初代執政官ルキウス・ユニウス・ブルートゥスの末裔を自称していたが、ルキウスは神話上の人物であり、血縁の可能性はない。


デキムス・ユニウス・ブルートゥス・アルビヌス

マルクス・ユニウス・ブルートゥスの従兄弟。軍才に恵まれ、ガリア戦争では艦隊の指揮官として功績を残した。カエサルに最も信頼を置かれていた人物でもあり、遺産の第二相続人かつカエサルの養子オクタウィアヌスの後見人にも指名されていた。だが、暗殺メンバーの一員であることからローマを追われ、逃走中に殺害された。


クィントゥス・カエキリウス・メテッルス ・ピウス・スキピオ・ナシカ

カルタゴの天才将軍ハンニバル・バルカの侵攻を阻止したローマの大英雄スキピオ・アフリカヌスの末裔。ローマの名門貴族スキピオ家の出身。類い稀な軍才に恵まれ、軍司令官として活躍した。カエサルがローマに牙を向けた際にはポンペイウス派に所属し、カエサル軍を迎え撃った。だが、結果は敗北に終わり、陣営を張っていた北アフリカのチュニジア・ウティカ近郊で捕らえられ抹殺された。


ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス

カエサルの後継者。騎士階級出身。騎士階級とは、平民階級と貴族階級の中間に位置する階層。オクタウィアヌスは、軟弱で軍才もない当時のローマ政界では欠陥だらけの青年だった。だが運が良く、内戦で有力人物がほとんど命を落としていたために、昇進のチャンスを得た。友人のマルクス・ウィプサニウス・アグリッパの協力もあり、初代ローマ皇帝に即位する。ローマはオクタウィアヌスによって、長らく続いた共和政から帝政に移行された。こうしてオクタウィアヌスは、亡きカエサルの夢を叶えたのだった。


マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ

ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌスの友人。騎士階級の出身。その軍才をカエサルに見込まれ、昇進を果たす。その後、オクタウィアヌスを支えるパートナーとして生涯を捧げた。オクタウィアヌスの成功は、アグリッパなくしては叶わないものだった。だが、アグリッパは謙虚な性格から決しておごらず、常にオクタウィアヌスを立て続けた。その後、アグリッパはオクタウィアヌスの一人娘ユリアと結婚し、婿となった。彼らは友人から家族になったのだ。


同盟国エジプト

クレオパトラ7世(クレオパトラ・テア・フィロパトル

エジプトの女王(ファラオ)。ファラオはエジプト宗教の長でありながら、エジプト軍の全指揮権を有する最高司令官の役割も兼任していた。とはいえ、クレオパトラに戦闘の知識はほとんどなく、飾りであった。エジプトはローマの同盟国であり、クレオパトラはローマに協力的な姿勢を見せた。エジプトは太古より財源に恵まれた地で、クレオパトラはローマの将軍に経済的支援を行っていた。ガイウス・ユリウス・カエサルとマルクス・アントニウスとは愛人関係にあった。アクティウムの海戦ではマルクス・アントニウスと共に出撃するも、劣勢により二人は撤退。指揮官を失った残された味方たちの艦隊は、全て制圧される最悪な結果に終わった。女王の没後、彼女の子どもたちはローマ人のオクタウィア(初代ローマ皇帝アウグストゥスの姉)に引き取られ養育された。 


当初は将軍の名だけがコインに刻まれていた。だが、カエサル以降は将軍の肖像が刻まれるようになる。これは共和政を採用していたローマにとって大きな変革だった。個人への権力集中を嫌うローマでは、コインに肖像を刻むことはタブー視されていたからだ。カエサルは軍事・政治で大きな変革をもたらした英雄だが、ローマの貨幣史の上でも革命を起こした人物だったと言える。

To be continued...

Shelk 詩瑠久


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