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【ショートストーリー】43「賽の目」
六角の鉛筆の上の方を削って1から6まで数字を書いた。小学生ではソレは双六に使われたり、単純に出目の大小を争ったりした。そのうち7から12までの目ができたり、極端なヤツは100万っていう途方もない数を鉛筆の側面に書き込んでいたっけ。
中学生になって、ソレはテストの時に運を試す道具だった。選択肢を睨みながら自分の法則のなかにソレを投げ入れた。運がいいとか悪いとかではなくて、そんな小さな所作で運命に抗
【ショートストーリー】42 あの日君の髪がなくなった時、話したことを君は覚えているか
「嘘みたいな本当の話なんだけどね。髪の毛全部無くなっちゃった」
息子に電話でそう言われ、虚を突かれた。
「なんでそうなった?なんの病気だ?病院には行ったのか?」
予想をはるかに違えたその内容に、私は耳と自分の頭を疑った。
「行ったよ」
息子の声は小さく、少し震えているような声だった。
「それで、なんて?」
「原因は、分からないって。ただ、ストレスが関係あるかもしれない、と」
整理がで
【ショートストーリー】40 君へ
雨が降れば世界が1.5倍繊細に見えた。
聴こえたと言ったほうが正しいかもしれない。鉄の塊が通り過ぎる音の輪郭はいつもより尖っている。雨の音がそれぞれの音に妙な奥行きをもたせた。
足元はどうだろうか。濡れたスニーカーから確実にしみ込んだ雨水をつま先で感じ、けっして気持ちのいいものでないのに、足裏で感じる地面の傾斜と、溝ぶたのなんとも言えない人工的なラインを明瞭な差で感じ取れるのだから不思議だ。
【ショートストーリー】41 なべぶたに口
フェンスを乗り越え、たんぽぽの綿毛に息を吹きかけるだけで良かった。
でも、楽になれそうな気がしたんだ。
「おい、ちょっと待てよ、おい!」
右腕が焼けたように熱くなった。
痛みじゃない。それは熱のようだった。
大学生かな?そう思った。
「何してんだ、危ねえだろ?」
ぼくは何も考えていなかった。思ったより綿毛が翔ばなくて、その時は何だか体よく全部終われそうな気がして線路にいただけだ。
フェンス
【ショートストーリー】39 等間隔
「空はこんなに青いのに、いつになったら私たちは外へ遊びに行けるんだろうね」
リコリスキャンディを口に含んだ君がつぶやく。
「例の伝染病が落ち着いたらかな」
ぼくは何となしに答えてみた。
「ねぇ、自由に外出できるならどこに行ってみたい?」
「そりゃあ、観覧車のあるドライブウェイなんか最高」
「うん、うん。私はね、鴨川を歩いて、洒落たカフェでゆっくり紅茶がいいかな」
「そういえば、君がくれた紅茶
【ショートストーリー】36 あの頃
多数の人と違うことはそれなりに不便なことが多い。
あの頃、世の中が最大多数の最大幸福を願えば、マイノリティとよばれる人たちはその中心から少しずつずれていった。
小学生になったぼくは父にキャッチボールをしてほしいとせがんでいた。
おじさんからもらった焦げ茶色のグローブはスルメイカのように硬かったけれど、ぼくにとっては輝かしい宝物が増えたような心地だったんだろう。
でも、父はキャッチボールをし
【ショートストーリー】34 ほの暗い幻灯のなかで愛(かな)しみのアイを叫ぶ
テールライトが四つコンビニの駐車場に灯る。
僕は君の車の助手席へ移る。無駄な動作なんかなかった。テールライトが二つになり、それもまた、すぐに消えた。
季節の変化を僕たちは陽の短さで知るんだ。
切実な問題だった。
「お疲れさま‥‥今日はどうだった?」
君は僕の問いかけと同時に、いつものように頬を僕の右腕に寄せる。
「まだ、ちょっと明るいよ、ほら」
拒むわけでも嫌がるわけでもなく、その空間に言葉
【ショートストーリー】33 グラデーションの世界を
春の雲をかき分けるようにヘリが飛ぶ。
新しい生活、新しい仕事。夏海の心に配された期待と不安の比率が日々変動していた。
「A小学校の校長の佐久間です。町田夏海さんの携帯でよろしかったですか?」
女性の柔らかな声だった。
「あ、はい。町田です。お世話になっています」
「今年度から本校で先生にお越しいただけることになって本当に嬉しく思います」
「こちこそどうぞよろしくお願いいたします」
「早
【ショートストーリー】35 息子の愛した数式
息子のヒロが数の魅力に気づいたのは年少の頃だった。
どこまで数が数えられるか、青空の下で3542まで数えていたと園の先生は言っていたし、2位数どうしのくりあがりの足し算をしてしまった時は誰もが驚いた。
でも、相変わらず地下鉄のなかで急に泣き出してしまったり、急な予定の変更に弱かったりと、私は少しだけ心配していた。
「ヒロくんはギフテッドっていうやつかもね」
年長の時の個別懇談のおりに担任の先
【ショートストーリー】31 メトロに響く透明
タービンの唸るような響きに、動き出す車体の軋む音が重なる。走行音と同じリズムが身体に伝わってくる。
僕は長男と地下鉄にいた。
ベビーカーのとびでたグリップをしっかりと握る。二歳の長男は僕の気持ちを知ってか知らずか、頬をサイドバーに突っ伏し、お饅頭のような寝顔を見せる。
妻が出産予定日の二ヶ月も早く入院した。こうして地下鉄を乗り継ぎ妻の病院へ行くのも一週間になる。仕事を定時でぴたりと終え、保育
【ショートストーリー】32 樟と桜と春と
瓦版に人が群がっていた。
桜の品評会で齢八つの左衛門太郎の倅が推した十月桜が喝采をあびたそうだ。その息子が言うには「木と話せる」と言い張っては、社の軒先に植えた幼木を愛でているとのこと。
「はぁ、不思議なこともあるもんだいなぁ」
「うんだなぁ、でも目利きは確かだろうさ。ちいせえのに希なことよな」人々は口々に噂をした。
心地よい3月の風がビルを縫うように吹く。
千秋は、桜の蕾を眺めて、空の青さ
【ショートストーリー】30 ハートランドに映る夜
「もう一杯だけ行かない?」
崇は茜を誘った。
「え、元気ですね。いいですよ。でも前みたいに駅でキラキラ~ってするのやめてくださいね」
茜は頬をリスのように膨らませてから吐き出すしぐさをこれでもかと再現した。
「そのフリをそんなかわいくできるの茜ちゃんだけだね。まじうけるよ、それ」
「ホントにやめてくださいよ」
「大丈夫、大丈夫。今日はまだ酔ってませんから」
崇はひとまわり近く歳の離れた茜
【ショートストーリー】23 無垢な幸福論の話をしよう
無垢な幸福論の話をしよう。
中学生の時に幸せとは何か考えたことがあった。
そのあとさまざまな幸福論に触れて、いつの間にか大人になっていた。
就職、結婚、出産、子育て、幸せとは何かという人生最大の難問なのにいつの間にか遠い問いになっていった。
「それが幸せなのだよ」と言われればきっと僕は釈然としないだろう。
「無い物ねだりだよ」と言われても、やっぱりその言葉ではいいえていないと思うだろう。
【ショートストーリー】19 世界の片隅に咲く
あの花の名前を覚えているだろうか?
それはユリのように見えた。
四角い黒い天井。
甘酸っぱさと煙草の煙をミキサーにかけたような香り。キングサイズのベッドに君は身体を横たえる。片足が膝下からない身体を。
「雄花は花粉を飛ばし、雌花はそれを受け入れるんだよ」
「風任せなのかな?それとも虫たちが運んでくれるの?」
「風は吹かないね、虫も寄り付かない」
「じゃあ此の花はなんのため?」
「ヒトを