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【ショートストーリー】19 世界の片隅に咲く
あの花の名前を覚えているだろうか?
それはユリのように見えた。
四角い黒い天井。
甘酸っぱさと煙草の煙をミキサーにかけたような香り。キングサイズのベッドに君は身体を横たえる。片足が膝下からない身体を。
「雄花は花粉を飛ばし、雌花はそれを受け入れるんだよ」
「風任せなのかな?それとも虫たちが運んでくれるの?」
「風は吹かないね、虫も寄り付かない」
「じゃあ此の花はなんのため?」
「ヒトを癒し、喜ばせている、のかな」
「ずっと昔、人間がこの世に誕生する前から花はきっとあるのに、なんだか横暴な気がする」
シーツにくるまる君は、花に興味を失わない。
「でもさ、同じ生殖活動を担っているのに、人間のそれはなんでこうも醜いのかしら。花はこんなに美しいのに」
「花の特権だよ」
「特権?なんで?」
「花がそれ自体で存在できないから、誰かに愛でられていなければ生きていけないから」
「幸せな理由ね」
「そうかな?孤独な気もする」
「私は花になりたいかな、誰かに愛されてずっと自分を感じていたい」
「君がそれでいいなら」
「世界の中心で‥‥なくて‥いいから」
「ん?」
「いいえ‥また呼んでね」
「次はいつになるかな」
「二週間後と予想します」
「今度は何か気のきいたものでももってこようかな」
「期待しています。これ、名刺渡すの忘れてた」
僕は車のキーを握りしめ、ドアから出ていく。
ハザードランプを点滅させて、幹線にでればいつもの日常と、やる気のないラジオステーション。
陽の光は腹立たしいほど眩しい。
それ以来、君とは会えていない。
気のきいたプレゼントもまだ買えていない。
「左足どうしたの?」
「神様に食べられちゃった」
そう言った彼女の言葉を思い出す。
おしまい
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