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【ショートストーリー】34 ほの暗い幻灯のなかで愛(かな)しみのアイを叫ぶ
テールライトが四つコンビニの駐車場に灯る。
僕は君の車の助手席へ移る。無駄な動作なんかなかった。テールライトが二つになり、それもまた、すぐに消えた。
季節の変化を僕たちは陽の短さで知るんだ。
切実な問題だった。
「お疲れさま‥‥今日はどうだった?」
君は僕の問いかけと同時に、いつものように頬を僕の右腕に寄せる。
「まだ、ちょっと明るいよ、ほら」
拒むわけでも嫌がるわけでもなく、その空間に言葉だけ流れて、僕らは寄り添った。
「私たちの苦手な季節になるね」
「うん」
僕の右腕にしがみつくようにしながら手を繋ぐと、君は話し始めた。今日あったこと、これからあること、習い始めたピアノのこと。
ずっと後ろのコンビニは人を飲み込んでは吐き出している。また君たちかい?四角い口から無機質な呟きをしているのだろうか。
「そろそろね‥‥旅立たなくちゃって思ってるんだよ」
「え、そうな‥‥ん?」
「だって、いくら待っても、私はあなたの名字にはなれないから」
「うん‥‥」
繋いだ手をもう一度繋ぎ直すと、君はもう一方の手で僕の左手の指に巻く鉛を優しくなぞった。やわらかなハンドクリームの香りと、君の大きな瞳が暗くなりつつある景色に溶ける。
「本気だと思ってないでしょ?私にだっているんだからね。親しい男の人が一人や二人‥‥」
「はは‥‥そう、やな」
「もう‥‥信じてないでしょ」
君はため息混じりに言葉をなげる。
「ねぇ、だいぶ暗くなったよ」
顔をあわせると僕の利き目がはっきりと君の瞳の光彩を捉えた。僕らはいつもと同じようにキスをした。昨日と今日の二回分。
「ちょっと、足りないです」
「もうだめー‥‥です」
いたずらな顔の君に、僕はほくそえむように、静かに笑って見せた。
また、君は僕にしがみつき、手を握った。
車の側面にコンビニからの光と駐車場に入っては出ていく車のライトが揺らめくように流れていく。
「ねぇ、私がもし‥‥結婚したら悲しい?」
「悲しいとかそんな言葉じゃ表せないかな。絶望‥‥いや、なんだろう。からだに穴が空くんじゃない」
「ふふ、そっか。長いもんね、私たちの付き合いも」
「するの?結婚?」
「どうでしょうねぇ」
「言葉では言えるんだ」
「何が?」
「貴方のしあわせのために、おれは貴方の旅立を応援しよう‥‥って」
「本当に応援してくれるの?」
「たぶん、いやしなきゃね。大事、大切なヒトだから、ね」
僕は、もう一度強く手を握った。
「あ、やっぱり信じてないでしょ。もう知らないんだから」
君は反対の窓に鼻をつけそうなくらい大げさだった。僕らは笑った。何かに押し潰されないように笑った。
「時間、行かなくていいの?」
君が言う。
「ああ、そろそろ行くね。今日もありがとう」
瞳を僕が覗けば君は察してくれる。最後に軽く僕らは唇を重ねた。
「またね、明日かな」
「シンデレラみたい‥‥」
「え?」
「ううん、また明日。おやすみなさい」
また4つテールライトの灯りが夜のコンビニにゆっくりゆっくり流れた。ほの暗い幻灯のように。
三日後だった。
君が職場で結婚を皆に報告したのは。
それとわかる春の風が頬をかすめる。
いつものコンビニで煙草の苦味を口のなかで転がした。ドーナツのような雲が夕闇に入り交じって消える。心にあった慈愛とか感謝の引き出しはどこかの感情の部屋にごちゃ混ぜになっている。
正直に言えば、君を祝福するまわりのヒトがなんだかうざったかった。
大きく煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
臓腑に残る苛立ちを整理するかのように。
テールライトは2つ。
車に乗り込めば僕は一人だ。
世界が歪んで見えたその時、車が横に止まった。
いつもの君の車だった。
ためらいもせず、僕は君の車の助手席へ乗り込んだ。シートの擦れた熱。微かなハンドクリームの香り。FMラジオのボリュームを落とす君の手。
「まだ、ちょっと明るいね」
手を繋ぐと、君が笑った。
【おしまい】
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