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長野県の松本市役所が1942年ごろ備えた防空用の冊子を見るーおいおい、やはり精神頼みかよ(松本市のせいではない)

 地方の市町村であっても、いつなんどき空襲に遭うか分からない、ということで、長野県でもたびたび全県の防空演習を行っていましたし、当然各市町村単位でも訓練が行われていたことでしょう。
 偶然、松本市に関係する防空用の冊子を2冊入手しました。いずれも、全国で発売されていたでしょうから、当時の備えの方針や程度を知るには役立つかと思い、開いてみました。

「防空と救急法」

 まず、こちら「防空と救急法」。財団法人大日本国防衛生協会編、出版で、初版は1942(昭和17)年7月15日発行、これは12月1日発行の第4版です。これは、決して松本市が出遅れていたというわけではなく、印刷が追い付かないので、何回かに分けて希望のあったところに配本したというのが実情でしょう。12月1日発行ですから、当時の輸送事情なども勘案し、この冊子がコヨリを付けて松本市役所の担当部署に備え付けられたのは同年の年末ごろだったでしょう。
 では、表紙をめくると、冊子の狙いが出てきます。

狙い

 「国民一人一人に応急処置を習得せしめ国土防衛の完璧」を期して発行するとあります。あくまで、救急も「国」の防衛のためなのですね。
 ただ、教える内容は多岐にわたっており、戦時下でなくとも、身に着けておけば役立つような内容であるのは間違いありません。

目次。止血や急病への対応、患者の輸送方法など。毒ガス対策が戦時色です

 そして、全体の最初にあたって、防空戦の第一義が載っていますが、この内容がひどい。まず、空襲の想定が「東京へ20機(!)が来たとして焼夷弾なら4000発、爆弾なら400発を投下したとする。4000発が1発ずつ1人に命中して4000人、爆弾は1発6人の死傷者を出すとして3000人。これで東京の人口で割ってみると焼夷弾は1700人に1人、爆弾は2300人に1人。大正の震災では死者だけで10万を数えたのに比例すると誠に少ない(略)。普通100発に1発か50発に1発くらいなものだと言われている。50発に1発(しか命中しない)としても1回に50人か60人の死者しかないわけである」
 せっかく関東大震災を引き合いに出しているのに、焼夷弾の死亡者は直撃の1人だけとしていて、焼夷弾4000発でどれだけの火災になるか、という想像は働かないか、無視しています。関東大震災の延焼の火元は100カ所前後だけだったのですが。そして交通事故と比較し「空襲によって死傷する者もまた不運なのだといえばいえないこともない」「まして戦争なのだから、この程度の犠牲は当然、覚悟するのが当たり前」と言い切っています。そして落ち着き、油断せずとして下写真に続きます。

「1人1人国土防衛の戦士」

 「一死奉公の覚悟を以て任務を遂行すること」を求めています。最後は天皇のための精神力が勝負ということです。
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 もう一冊は、市役所にも備えられたでしょうが、隣組備え付け用として配布した「時局防空必携」です。財団法人大日本防空協会発行で1941(昭和16)年12月10日発行、こちらは1942年1月30日発行の再版です。印刷が12月1日となっているので、日米開戦を最終決定した日に合わせて印刷を開始したものです。となると、対米戦を意識したものであるのは間違いないところです。

各省が並んで権威付け

 目次を見ますと、「空襲は必ず受ける」に始まり、被害想定や「防空精神」なども出てきます。

訓練で「防空必勝の信念」をつくれと。
空襲も具体性を(当時の)帯びています
被害想定、軍防空と民防空、そして出た「防空精神」
空襲はうち漏らしが必ずあるが、規模は昼が20-30機、夜は10機

 そして、被害想定は隣組に1発…

過少な想定は、当時の飛行機の能力から仕方がないが、重慶爆撃とか考慮したか

 そして、命を投げ出し持場を守ること、「この防空精神は即ち日本精神である」と、命を軽んじる点では先の冊子と同じです。

「命を投げ出してお国を守ること」、と。

 この防空必携が出たころ、既に物資不足でバケツもない状態で、長野県からは木と竹のバケツが盛んに出荷されているがそれでも間に合わない状態でした。長野県内では、竹籠に紙を貼って柿渋を塗った代用品も登場しています。江戸時代に帰ったようなものです。そんな中で空襲を迎えるというのは、命を投げ出すだけだったのではないでしょうか。これが、民防空の正体でした。
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 軍隊は国民を守らないと言われますが、戦時下、日本の国民は国を守るためなら命を簡単に捨てさせるーこんな戦争指導を市役所も大真面目で伝えていったのです。

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