【精神病の躍進と根治療法】(神理学による解釈その1)
サイコパスも感受性が強すぎる人(HSPなどと呼ばれる)も、精神的にそういう圧を受けることが普通になった時代ゆえに大量発生し(というより問題化し)、概念化したのだろう。前者は圧力を感じなくすることで耐え、後者は圧力をため込むだけため込んで条件で暴発する。伝統的に社会は後者だけを脅威と見なした。
前者は感情を殺したゆえに今度は殺すことも厭わない。後者が直接的な暴力でキレるのだとしたら、前者は狡猾に立ち回って精神的に追い詰めていく。法律が立証できるのはHSPタイプの犯罪だけだから、サイコパスは野放しにされる。そしてその圧によってHSPもサイコパスも拡大再生産される。除圧しないと終わらない。
HSPタイプは追い詰めると暴発という形で自分自身を失う。サイコパスは追い詰められる前に追い詰めて相手の身体か心を殺す。逆らう方法や気を無くさせるという形で。そんなことができること自体が信じられないのがHSPタイプなので、彼らにはこの世界は地獄以上の地獄に見える。どっちも感情が強い程、背負う業は大きい。
HSPタイプが恐怖を克服するには、この世界の仕組みを理解してしまうのが一番効果的ではある。というかその仕組みに対する理解ができるほどの思考能力が感情の暴発を抑える。薬物治療ではない根治療法である。地獄の圧力よりも深く世界に触れてしまえば、死や恐怖の本質を理解し、暴発や発狂はなくなる。そういう道もある。
自分がそういう状況にあることには必ず意味がある。宇宙は基本的に無意味を厭う。遊びを形成するための偶然は苦労して生みだしたのだからとても評価しているけど、それが本質になった世界など何の魅力も感じない。当然、創世のころから(終焉まで創造した上で)それについてはいくつも対策している。死、忘却…。
ちなみに外から癒すのであれば、この世界の仕組みへの理解レベルに応じて治癒技能がレベル化される。たとえば落ち着かせるには言葉であるが、そこにどんな言霊をこめられるかは宇宙への理解、シンクロの精度なのだ。神に祈る人に癒しを期待されるのは、神の知恵を借りられるからだろう。
理解を示すことは孤独と逆の権能だ。そして人の深い部分の理解は世界そのものの理解なのである。
個人的には私は人間を恐れているので、世界に対してのみ癒しを行うけど、それでこの世界が救われるかどうかは正直わからない。そこまでの権能は持たないことにしたので。個々の人間に対してはサイコパス以上のことだってできる。できてもやらないけど。一時的に殺すことはあるけど、必ずフォローを用意する。
さて、ところで…
エイプリルフールの特権発動って、午前中だけだっけか?
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