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<四国車遍路旅>2024年度版(1)

<四国車遍路旅>2024年度版(1)

~ 鎮魂と般若心経の日々~

四国車遍路 徳島県、高知県編

Part 1

2024-9-24(日)曇り、涼しい。

11:10、車の中で、車中泊のカスタマイズ中。パソコンを後部座席の右側で打っている。

座席にクッションを縦に置いているのだが、かなりいい座り心地、これなら旅中に、メモ書きを清書することができるかもしれない。そうなれば、自宅へ帰ってからの作業がなくなるので、すぐに日常に戻れる。写真も、デジカメで撮るので、基本、補正作業はしないつもり。一、二週間、自宅静養して、また次の旅に出られるかも知れない。

四国車遍路旅編(1)

2024-10-3(木)曇りのち雨。

移動

四国車遍路旅の当日になった。昨晩は興奮していたのだろうか、ほぼ一時間おきに夜間トイレに起きた。午前四時過ぎには、すでに目覚めていて、頭もはっきりしていた。

外はまだ真っ暗だった。今の時期、日の出は午前五時半ころだ。明るくなる六時すぎに出発する予定で動き始めた。洗面、朝食・お茶づけと豆腐だ。忘れ物はないか、最後の確認をした。

部屋のコンセントをすべて抜き、エアコンは例外だが、窓のシャッターを閉めた。万が一のことを考えて、ニャンコの白い骨壺を、指の関節でコンコンとたたいて、<いってくるよ>と声をかけた。

西へ向かう時のルートは、ほぼ決まっている。最寄りの圏央道のインターから乗って、圏央厚木のパーキングで、最初のトイレ休憩。今朝は屈伸運動をした。そのあとは<新東名>に入って、駿河湾沼津で二回目のトイレ休憩。ここまでで二時間半かかっている。走った距離は150キロ。

駿河湾沼津では、向かい側の山を眺めながら、<うんこ座り>して、心経を口ずさんだ。気が散っていたから、言葉が、上っ面を流れていった。そのあと、少し走ると、右手に富士山が見えた。こげ茶色で、肩のあたりに、いい感じの雲がたなびいていた。

新静岡サービスエリアで、三回目のトイレ休憩。その直後に雨が降ってきた。とはいえ、まだ小降りのうちに、今日の車中泊地、浜松サービスエリアに到着した。十一時半だった。予報では、この後大雨になるようなので、コンビニで、早めに食料などを調達した。

そのコンビニで、ひと悶着あった。こっちの清算が終わってないのに、中国人のおばさんだろう、すぐ後ろに来て、商品をレジの上に置こうとしている。店員のおばさんが、並んでくださいね、とやんわり言葉をかけた。それでも中国人は後ろに下がらない。

イラっとして、床の待機シールを目で示して、<そっちにならぶんだ>と強い口調で言い放った。これなら中国人にもわかった。彼女は少し後ずさりした。

レジで並んで待つのは、世界共通のマナーだろう。これまでの人生の中で、こうした無礼をはたらく人間は、一人もいなかったぞ。

ま、いい。コンビニで買い物を終え、車に戻ろうとした。えっ、大雨になっている。車は、すぐそこに見えているものの、いま出たら、びしょぬれだ。<待つ>という手もあるが、いつまで待つのか見当もつかない。雨の中へ走り出した。

車内数息1セット目、15:00-15:30、座席数息200回、般若心経2回。

車の中が蒸し暑い。上はTシャツ一枚、下もジャージーを脱いで、パンツ一枚になった。雨音が激しい。かなりの大雨だが、高速道路のサービスエリアにいるので心配ない。

気持ちがざわついている。数を数えだしても、一向に落ち着かない。そのうち、尿意だ。100回あたりで、我慢しきれず、車内で、広口瓶を<尿瓶>代わりにする。

後半は、しだいに気持ちが静まり、<自分>を取り戻した。早朝からバタバタ動き回っていたので、一息つけた感じだ。

四国車遍路編(2)

2024-10-4(金)雨、降ったりやんだり。外は涼しい、車の中は蒸し暑い。

<新東名>浜松サービスエリアの駐車場で、午前四時半ころ起きだす。昨晩は、断続的な大雨で、雨音がうるさかった。しかも、一、二時間おきの夜間排尿で、熟睡できなかった。それに、夢をたくさん見た。

今日の予定をあれこれ考える。途中通過する名古屋も雨、車中泊予定地の淡路島は大雨。雨の中、高速道路など走りたくない。明日になれば、雨はやむ。今日一日、このサービスエリアで待機する、というのが一番いいかもしれない。

車内数息1セット目、5:30-6:00、座席数息200回、般若心経2回。

目をつぶってすぐに、呼吸が浅くて速いことに気づいた。意識して、深く、ゆっくりにする。と、<雑念>が出てきた。

昨晩見た夢だ。とくに印象に残っているのは、中学時代に好きだった女子で、教室に入っていくと、はじめは制服姿で、うしろを向いていた。だが、振り向くと、髪の毛を染めている、化粧をしている、白い垢ぬけたセーターを着ている。笑顔で、あとで案内するね、と言っている。

もう一つの夢は、大学時代の友人の家へ遊びに行くと、母親が教養のある女性で、何か、知的な<催し>に誘われる。だが、入り口で、服装がラフすぎると言われて、断られる。上半身、裸なのだ。次の瞬間には、前ボタン式の、女物の<アッパッパ>を着ている。<オカマ>みたいだ。自分を少し恥じている。 

後半になると、座席の座り心地が気になった。あれやこれや、座り方や腕の置き方などを変えて、ベストな体勢を見つける。呼吸は、意識して、深くてゆっくりだ。気持ちが静まっていく。

最後のほうでは<眠気>が出る。カクンと首が前に下がる。かなり眠い。200回を数え終え、締めの心経を読み始める。言葉を発するのが億劫だ。あまりに眠いので、途中でやめて、横になる。そのまま寝ようと思ったが、なぜか眠れなかった。

車内数息2セット目、11:10-11:25、座席数息100回、般若心経2回

どうも気が散ってしまう。ブーンと音がする。<ポタ電>のスイッチを切ったかどうか確かめる。何気なく、窓の外を見る。11時半になったら、コンビニへ食料の買い出しに行こうかな。早めに行かないと、<梅おにぎり>がなくなってしまうぞ。クーラーボックスの氷は、やはり、板氷のほうがコスパがいいかな。う~ん、キリもない。

是非もない、100回で打ち切った。とはいえ、始まりと終わりの心経では、自分の声が聞こえてきた。心経の音読は、散漫な気持ちを締める力がある。

車外数息1セット目、13:00-13:30、チェアー数息100回、般若心経2回。

小降りの雨で、ドアを開けていられず、車内が蒸し暑くてしょうがない。施設の前が、ちょっとしたテラスになっている。そこに、緑色の簡易テントが数張りあり、チェアーとテーブルが置いてある。チェアーは数十脚以上あるが、ほとんど人が座っていない。

ノート類などを持って、テントの下の丸テーブルを占拠した。チェアーもしっかりした作りで、座り心地もさほど悪くない。財布などの入ったポシェットをテーブルの上に置いた。態勢を整え、目をつぶって、数息を始めた。

と、すぐに、若い女の声が、うしろで聞こえた。東南アジア系の言葉だろうか?これから数十分、目をつぶって、不動の姿勢をとる。テーブルの上に無造作に置いたポシェットが気になった。取り上げて、肩にかけた。

海外でならいざ知らず、日本国内では、用心しなくてもいいのではないか。とも思ったが、旅に出て、外国人がやたらと目につく。姑息で小心な自分に、ややうんざりする。

ところで、野外での、とくに喧噪な場所での数息は、なかなか集中できない。ここ四か月余りの、<数息>の実体験から、こうした時の処方箋を思いついた。呼吸を深く大きくして、息を吸い切り、息を吐き切る。行為、行動、動作に集中することで、周囲の喧騒、物音、人声に対抗するのだ。

結果は上々だった。寝入りばなに、周囲の音が、やけにはっきり聞こえることがある。それと同じ現象が起きた。四方八方からの、いろいろな音が、それこそ、エコーがかかったようにはっきり聞こえてきた。うるさい感じはしなかった。むしろ、精緻に作られた音響効果のようだった。

息は、深くゆっくり、最後まで吸い切り、最後まで吐き切った。それに合わせて、数もしっかり数えた。100回で終えたが、ほぼ30分かかっていた。いつものほぼ倍だ。野外や屋外の喧騒な場所で、瞑想状態に近づけたのは、これが初めてだった。

余談だが、数息を始める前、うしろの売店でポテトを買った若いカップルが、誤って、地面に数本の細長いポテトを落とした。気づいたのに、シカとして、そのまま立ち去った。

数息が終わって、ノートにメモ書きを書いているとき、ふと、うしろを見ると、大きなカラスが、そのポテトをくわえていた。一本すでに口の中に入っている。ポテトはあと二本落ちている。どうするのか見ていると、何度かやり直したあとに、残り二本のポテトを、器用にくちばしに挟んで、飛び立っていった。そういえば、さきほど、駐車した車のそばで、カラスが鳴いていた。あいつだな、と思った。
 
四国車遍路編(3)

2024-10-5(土)曇りのち晴れ、日差しはきついが、風は涼しい。

移動

四国車遍路旅、三日目の朝は、<新東名>浜松サービスエリアの駐車場で、午前四時に目覚めていた。六時出発と決めて、逆算して、五時過ぎから動き出した。車中泊での、朝の支度も三日目になり、手慣れたものになった。ただ今朝は食欲がなく、食事は牛乳とバナナだけにした。

あたりが明るくなってきた。大雨の昨晩はトラックが多かったが、今朝は土曜日のせいか、駐車場には乗用車が多い。出発する前に給油、リッター¥192、地元では¥167だった。仕方ないだろう、ここしか入れるところがないんだから。

走りだすと、雨はほとんど止んでいたが、少し霧が出ているところがあった。深い霧ではないので、運転に支障はない。愛知県に入った。<P>の文字が見えたが、やり過ごした。走りだして、まだ、三、四十分しかたってなかったからである。

これは間違いだった。というのは、このあと二時間も、<P>の文字が一回も出てこなかった。名古屋、四日市、鈴鹿まで、何キロあるというのだ。さいわい、尿意は催さなかった。だが、かなり疲れた。そのうえ、運転マナーが全国で最悪な<名古屋><豊田>ナンバーの荒い運転に、何回かイラっとさせられた。

一回目のトイレ休憩は<鈴鹿サービスエリア>で、ここは以前、紀伊半島の灯台を撮りに行ったときに通り過ぎた。いや、正確に言えば、雨の中、車中泊をした。あの頃は、まだ車中泊に慣れてなくて、車もたしか、一代目のベゼルだった。一晩中、スポーツカーの爆音に悩まされた。施設の前のテラス席には、見覚えがあった。

二度目のトイレ休憩は、<草津サービスエリア>だった。ここはなぜか乗用車の駐車スペースが極端に少なくて、トラックのスペースに止めざるを得なかった。他の連中もやっているので、便乗した。おりしも、観光バスが数台止まった。観光客が、ぞろぞろ出てきた。騒がしくなったので、トイレで用を足して、すぐに出発した。

三回目のトイレ休憩は、<淡路サービスエリア下り線>だ。予定では、ここが二日目の車中泊地だった。本線から脇にそれたら、なぜか、駐車場渋滞している。係りのおじさんたちが右往左往していて、トイレから、はるか彼方の場所まで誘導された。

巨大な観覧車もあり、観光地になっている。暑さも少し収まり、秋の観光シーズン到来だ。待ってましたとばかり、車と人が押し寄せてくる。どう考えても、車中泊する雰囲気じゃない。ここでも、トイレにだけ寄って、すぐに出発した。

時刻はすでに11:00を回っていた。朝の六時から走りだして、高速道路を300キロ以上、走破した。運転体力はほぼ限界だった。だが、もうひと頑張りだ。ナビには、車中泊地を変更して、徳島県の<道の駅第九の里>を指示した。ここから、およそ90キロ、一時間強で着く。

長さが80キロもある、淡路島を縦断し、四国に入った。下りたインターは、<高松道いたの>だった。<道の駅第九の里>はすぐそばで、十二時半に着いた。山間の道に、ポツンとあり、<道の駅>というよりは、隣接する<ドイツ村>の駐車場といった感じだ。十台くらいしか止められない。もっとも、道の向こう側に、砂利敷きの大きな駐車場があった。

細長い平屋の建物の中に、土産物店とカフェーがある。あとで、うどんでも食べてみようかと思った。カフェーは16:00に閉店してしまうが、それまでに、一番札所にお参りして、帰ってこられるだろう。

高速料金は、明石海峡大橋分が、別料金で、¥2680。本線のほうは、600キロ以上走ったのに、¥9800だった。むろんこれには、夜間割引が入っている。

1番、霊山寺

<道の駅>で装備を整え、一番札所、霊山寺へと向かった。道路際の駐車場がいっぱいで、行き過ぎてしまい、適当なところで回転して戻ってきた。団体客がいたので、気づかなかったが、左手の建物の奥のほうに、広い駐車場があったのだ。20年前に一度来たことがあるが、まったく覚えがない。

納経所は、立派な建物で、遍路用品など各種取り揃えている。手で、サッシドアを開けて入ると、運悪く、先客がいる。若い奴が二人、どうやら掛け軸に御朱印を書いてもらっている。時間がかかる。終わったかと思うと、もう一人の奴が掛け軸を、ビニールの仕切りの向こうに座っている、初老の男性に差し出している。

帰りにまた来よう。嫌気がさして、外に出た。薄暗い脇道があり、境内の中に入れる。記念写真の台なども置いてあった。手水舎が目に入ったので、まず向かった。

作法を事前に何かで読んだが、うろ覚えだ。たしか、左手をすすぎ、次に持ち替えて、右手をそそぐ、そのあとに、左手に水をためて、口をすすぐのだっけ、忘れてしまった。でもとにかく、左手、右手、口をそそいだ。

境内は思ったより狭かった。右手の方に大師堂があり、その手前に池があった。あれっと思って、振り返ると、山門が左手にある。山門から境内に入るのが順序でしょ。境内側から山門くぐって、いったん外に出た。そして道路側から、山門を眺めた。おぼえがある。20年前の雰囲気そのままだ。山門が見渡せる場所まで下がり、一礼して、心経を読んだ。

読み終わり、再度、山門をくぐった。山門の右並びに、戸のしまった平屋がある。そう、以前は、あそこで、遍路用品などを売っていたのだ。白装束の、品のいい老婆を見たのもこの場所だった。命がけの遍路なのが、だれの目にも明らかだった。あの老婆の潔さが、いまだに目の奥に焼き付いている。

省略しよう。

大師堂にお参りした。いくばくかの賽銭を投げ、すこし脇により、心経を読んだ。自分でも緊張しているのがわかった。声が少し震えている。これまでは、聞かれることのない心経だった。だが、いまは聞かれるのが前提の心経だ。手も胸の前で合わせた。

そのあと、本堂へ行った。順序が逆で、はじめに本堂にお参りするのが作法だが、中で、団体さんが、背無し椅子に座って、説法を受けている。それが終わり、人がいなくなったのを見計らって、賽銭をあげ、少し脇によって、心経を読んだ。狭い空間に、自分の声が響くのはいやだなと思い、少し小さめの声で読んだ。

これでいちおう終わりだが、どこかに座って、<数息>を100回くらいやりたかった。都合のいいことに、木製の長腰掛が大師堂の横にあった。おりしも、団体さんが来て、先達の心経が始まった。一緒に少し口ずさんだが、どうも、自分とはリズムが違うようで、あわせられない。それに、日向だったので、暑くなってきた。場所を移動した。

もう一度、本堂のほうへ行くと、日陰になったところに、同じような長腰掛があった。腰を下ろした。リックなども下ろし、<数息>を始めた。が、すぐに、左手首のあたりが、猛烈にかゆくなった。中断。ヤブッ蚊に食われたのだ。うかつだった。この時期、まだ蚊が生き残っている。あまりの痒さに、<数息>どころではない。もう無理だと思い、切り上げた。明日からは<ドコデモ蚊取>と<ムヒ>は絶対携帯しよう。

納経所へ向かった。山門のところに、水色ベンチがあり、歩き遍路だろうか、品のいい老婦が一人で座っていた。そうだ、あそこなら<蚊>に食われることもなかった。<数息>の絶好の場所だ。と思ったが、もう後の祭り、集中力が完全に切れていた。

納経所に入っていくと、先客はいたが、すぐに終わり、年配の男性が、達筆で、あまりに達筆すぎて、なんて書いてあるのかわからないが、とにかく、御朱印帳に墨守してくれた。¥500だった。ちょっと高いような気がした。

そのあと、店内を一回りして、<お参り札>¥220を買った。数は数えてないが、二、三百枚はある。このお札に、自分の住所氏名を書いて、納めるのが作法らしい。ちなみに、その後は、納経はせず、賽銭の代わりに、<お参り札>を無記名で所定の箱に入れるようになった。

札所巡りの初日は、慣れないこともあって、バタバタしていた。ま、これは致し方ないことだ。明日からの遍路旅に役立てよう。

それと、このあとの行動も、いちおう、書き添えておこくが、時間切れで、いいかげんな記述である。やはり、時間と体力に余力がないからで、旅中に、日誌を完結させるには、それなりの時間をとり、体力も温存しておくべきだ、そういう意味では、巡拝は午前中だけ、という今回の予定は正解だった。

車遍路旅、一日目の午後の行動。

セブンイレブンで、おにぎりなどを買う。<道の駅第九の里で>に戻り、売店のカフェーで<ちくわかうどん大>¥680を食べる。汁は、体が要求していたのか、うまくて全部飲んだ。麺は、細いうどんで歯ごたえがなく、まずかった。中年の、やつれた感じの、陰気な女性が、一人で切り盛りしていたが、なぜが、客が後から二組ほど来た。

車の中が暑い!防虫ネットを窓に取り付け、中でメモ書きをする。だが、運転疲れなどもあり、30分ほどで、疲れてしまう。ひと休みする。意外にも涼しい風が入ってきて、さほど不快じゃない。またペンをとって書こうとするが、もう頭が働かない。


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