育休後のキャリアに悩む友人に何と答えるべきだったのだろう
好きに生きたらいいのに、という言葉は、薄情に聞こえてしまうのかもしれない。
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空一面に隙間なく分厚い雲が敷き詰められた、湿っぽい昼どき。部活帰りの学生たちに囲まれながら、錆びたコンクリートの階段を降りると、改札の向こうで久しい顔がこちらを見ていた。
高校から続く十年来の友だちと、その子どもだ。この間、会ったときはハイハイしていたはずなのに、しっかり両足で立っている姿に成長の早さを感じて、少し心の奥がキュンとしてしまう。友だちの子どもでそうならば、母親になったら、もっと心を震わすような感動に進化するのだろうか。
久しぶりの再会を果たした後、子どもは仕事終わりの旦那さんと一緒に帰宅するとのことで、「ハルカとまた遊ぼうねっ!ハルカと!ねっーー??」と、盛大にじぶんの名前をアピールしながら手を振る(子どもに夢中になりすぎて、旦那さんにほとんど挨拶しなかった気がして少し反省)。
おぼえてくれたかは分からないけれど、ニコッと微笑んでくれた表情に満足して、わたしと友だちは早速、予約したイタリアンのお店へ。
プランターに入った色とりどりのお花が出迎える、白壁のカントリー風の小さなお店に足を踏み入れる。カウンターが3〜4席と、テーブル席が4つ程の小ぢんまりとした店内。1番奥の丸テーブルに通されて、二人して本日のパスタを注文する。
「戸建て派?マンション派?」
「なにか投資はしてる?」
「家計管理ってどうしてる?」
わたしと友だちは高校からの付き合いだけれど、いつの間にか"こんな"話をするようになっていて、二人してちょっと驚いた。友だちとの関係性も、ノリも、何も変わっていないのに、年月による環境の変化は確実にわたしたちが繰り広げる会話に影響を及ぼしていて、今更ながら、改めて"もう子どもではないこと"を思い知らされる。
そんな友だちは、これからのキャリアについて悩んでいるという。育休中の彼女だけれど、復帰するか、転職するか、仕事を辞めるか、どの選択肢が最良なのか、毎日頭を悩ませているらしい。単純に「自分がどうしたいか」を選ぶことができたら簡単だけれど、そうもいかないのが子育て中のキャリアなのだと。
復帰するなら時短で働くことになるけれど、時短で働けるのは子どもが小学生なるまでの期限付き(彼女の務め先では)。フルタイムでは働きたくないけれど、いつかは時短を抜け出さなければならなくなるジレンマがある。
くわえて会社は人手不足。時短勤務のはずが、管理職に促されフルタイムで働いている人も少なくないという……。
さらに言えば、一度時短で復帰してしまうと、再び産休に入る場合、時短の給与で手当が支給されることになるから、金銭的な収入が減ってしまうデメリットもある。純粋に「また働きたい」と思っても、懸念事項がべっとりとその足を引っ張るのだ。
転職するという方法もあるが、新しい環境が苦手な彼女にとって、転職という選択はかなりの勇気と決心が必要だ。復帰であれば、働き方のイメージをすることができるけれど、転職となれば仮説は立てられても、現実に近いイメージをすることは難しい。
思っていた環境と違った、想像していた働き方と違う、なんて事態になったら……と思うと、足も竦んでしまうだろう。転職活動をするハードルさえ高く感じているのに、実際に転職先を決めるとなったら、彼女にとっては大仕事になるはずだ。
つまるところ、どんな決断にも「リスク」があるし、メリットもデメリットもあって、どう判断したら良いか分からなくなってしまっているとーー。
自分一人であれば決断は簡単だけれど、子どもがいることを考えると、金銭面・生活面のことも考慮に入れなければならないし、とにかく考えることがいっぱいあるんだそうだ。
話を聞いていて、たしかに難しい問題だな、と思う反面「好きに生きたらいいのに」という言葉が頭にふんわりと浮かんだ。
そんな簡単な問題じゃないと怒られるのかもしれないけれど、彼女の人生は、彼女だけのものであって、一度きりの人生をどう過ごすかは自由だ。
どんな選択を取ったって、きっと良いこともあれば、大変なこともある。その一度の判断で「成功」を引こうとせずに、少しずつより良くなるよう方向転換しながら進んでいったって良いはずだ。そもそも失敗のない完璧な人生なんてあり得ない。
だから、色んな細かいことなんて全部置いておいて、自分がやりたいように、心が赴くままに、好きに生きたらいいじゃない、と思う。
好きなほうを選択して、ズレを感じたら修正して、また好きな方へ……って、そうやって生きても良いんじゃないかなって。
ーーそんなことを考えたりもしたけれど、子育てを経験していないわたしには見えていない景色があるのかもしれないと思うと、わたしの言葉は無防備すぎて、薄情にさえ思える気もして、『難しいね』と答えることしかできなかった。
なにもできなかったけれど、大好きで大切な彼女が、これからも生き生き過ごせたら良いなと切に願う。また会おうね。