充たされざる者

書影

【著書紹介文】
世界的ピアニストのライダーは、あるヨーロッパの町に降り立った。「木曜の夕べ」という催しで演奏する予定のようだが、日程や演目さえ彼には定かでない。ただ、演奏会は町の「危機」を乗り越えるための最後の望みのようで、一部市民の期待は限りなく高い。ライダーはそれとなく詳細を探るが、奇妙な相談をもちかける市民たちが次々と邪魔に入り……。実験的手法を駆使し、悪夢のような不条理を紡ぐブッカー賞作家の異色作。

(書影と著書紹介文は https://www.hayakawa-online.co.jp から拝借いたしました)

*****

ちなみに上記紹介文の最後の三文字、僕の手元の裏表紙では「異色作」ではなく「問題作」となっている。

だったらいったい何が「問題作」なのだろうか。

内容の前に背景から。
本作はカズオ・イシグロの4作目、つまり大ヒット「日の名残り」に続く長篇小説となる。

日の名残り(読後感想note ※映画の感想もあるよ)
https://note.com/seishinkoji/n/n0985320249d5

確かに、だいぶおかしな作品という印象を受けた。しかし著者にすれば「今までで最高のものが書けた」ということだったらしい。書評さえ書きづらいというか、賛否両論まきおこるまさに「問題作」といっていいと僕は思う。

では中身についての感想。

一言でいうと、いろんなものがズレている。歪んでいる。最後まで。
時間と場所の感覚がおかしい。物理的法則はしばしば無視される。主人公(ライダー)はときおり過去の記憶を呼び起こしたり、いきなり旧友とあったりする。疲れているのか、常時精神がいかれているのか、夢のお話なのか、さておき物理的法則は無視され続ける。でもそれはけっこうおもしろかったりする。

とにかく話が前に進まない。進むようで、進まない。939ページの長篇で、後半に突入するぐらいでようやく「お、積み重なってきたかな」と思うのもつかの間。まるで金太郎飴。金太郎飴小説。僕の中では珍しい。
なので、あるいはどこから開いて読んでもいいかもしれない。30ページぐらい読む。

人間関係もおかしいところがある。最後まで明かされない、理解不能、つじつまが合わないところがある。しかし物理的法則よりはまだまし。

ライダーは目的に向かって進もうとするが、随時じゃまが入る。それぞれ話が長すぎる。みんなめっちゃしゃべる。空気は読まない。情熱的。いつもフルスイングフルイニング投球。利害関係はあるようでない。
ライダーは途中からキレる頻度が増える。でも元に戻る。反省しつつも反省しない。読んでいてもどかしくなるがやたらおかしくも感じる。読んでる俺もイライラしてくるがしばしば笑う。

著者は「ブラック・コメディー」と言っているそうだが、僕はわりかし「ブラック」でもない気がした。確かにあまりにもおかしなことが多すぎるが、自身の日常をつぶさに観察してみると、どうも類似する部分もある。さてあなたはそんなふうに読むだろうか。ぜひ、読んでみてください。

最後の50ページぐらいが特におもしろかった。だいたい予想もついたが、予想できないこともあった。

ある意味この小説は禅でいうところの「十牛図」みたいなところもあるのかもしれない。たしかにそれを象徴するようなシーンも出てくる。

ほんとに、全体的につっこみどころが多すぎる。話がかみ合わないところも多すぎる。
でも、そのかみ合わなさでしっかりと最後まで、かみ合っている。

さて「充たされざる者」とはいったい誰のことだろう。この小説には充たされざる者がたくさん登場しているということだろうか。確かにそういう印象はうける。はたまた読者なのだろうか。

少なくとも僕はこの小説を読んで「充たされた」気分になった。小説全体が「オープン・ダイアローグ」的な治癒効果をもたらすのかもしれない。あんまりネタバレさせたくはないが(すでにだいぶネタバレ?)最後のシーンが僕はとても好きだ。いい感じの終わり方だと思います。

最近よんだもののなかだとダーグ・ソールスターの「ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン」
https://note.com/seishinkoji/n/n0a0c9fdefaff
と、カーソン・マッカラーズの「心は孤独な狩人」
https://note.com/seishinkoji/n/nc815e2a09c0e
を7対3でブレンドした具合。

人は対話の生き物である、ということをただただ事実をつみあげて、それを雑巾しぼるみたいにしめあげてハイどうぞ、といった読後感がある。

これはコントだ!始終コントだ。でも深い。めっちゃ深い。

とにかく!こんな作品を書いてくれるカズオ・イシグロさんがますます僕は好きになったのでした。

「充たされざる者」かなり長いけど僕はオススメします。

さて、カズオ・イシグロは8つの長篇小説と1つの短篇小説集のうちこれで5つ。あと4つ。ゆっくり読んでいきます。

次は、充たされざる者で助走をつけたので(?)少し恐る恐る…トマス・ピンチョンに初挑戦。また感想を書きます。

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