バビロンに帰る ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック2

書影

スコット・フィッツジェラルドの5篇の短篇小説と、他者による2篇のエッセイが収められている。まずはいくつかの短篇について感じたことを書こうと思う。

『ジェリービーン』
ジェリービーンとはあの豆のかたちをしたお菓子のことで、「のらくら(怠け者)」を表していている。主人公の通称。自動車修理工場に住み込みで働き、サイコロのプロだ。彼の束の間の恋を描いている。
フィッツジェラルド弱冠24歳、デビューの1920年の作品だけれど、文章が完成されている…天才だと思う。すごく好きな文があったので以下に引用してみる。

 三時の表通りは暑かったが、四時になると更に暑くなった。四月の埃が太陽を網にとらえて、またもう一度上にひっぱり上げているようにも見えた。それはいつまでも終わることのない午後に対して、大昔から飽きもせずに繰り返されてきたジョークだった。しかし四時半になると、静けさの最初の層が地表に降りて、日除けの天幕と、重く繁った樹木の落とす影が長くなった。そんな熱気の中では、何も意味を持たなかった。人生とは天気と同じだ。すべてを捨て鉢にさせてしまう熱気に耐えながら、疲弊した額に置かれる女の手のように柔らかく心地よい涼しさを待つのだ。それこそが南部の最大の英知である-ジョージアのこの地にあっては、おそらく問わず語らずのうちに、人々はみんなそう感じて生きている。そんなわけで、後刻ジェリービーンはジャクソン街の玉撞き場に姿を見せることになった。そこにいけば間違いなくいつもの気心の知れた人々に出会うことができるのだ。そして彼らはまたぞろ古いジョークを口にすることだろう。彼がすでに聞き及んでいるジョークを。

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『バビロンに帰る』
主人公チャーリーは娘を取り戻そうとする。娘とはわけあって別居している。彼女はチャーリーが死別した妻の姉(マリオン)と共に暮らしている。チャーリーとマリオンは険悪だが、マリオンの夫がやさしく仲介する。
この4人にはいろいろな過去があり、親族ゆえのゆがみあいがある。ただ大きくみると分別をわきまえている人たちに見える。グレート・ギャツビーの登場人物たちとはちょっと違う。(なるほど調べてみるとグレート・ギャツビーから5年後ぐらいの作品だ)
ところが、それぞれの過去のほじくり返しや、バッドタイミングが重なり、それぞれが崩れていってしまう。チャーリーが最後にぼそっとこぼす一言もいい。
フィッツジェラルドとしても、ある種の「くぐり抜けた味わい」を醸し出しているように思う。「ギャツビー」と「夜はやさし」の間。移行期間。「バビロンに帰る」、気に入りました。
訳者(村上春樹さん)は「これほどにモラルの力を追求した短篇小説を僕は知らない」と絶賛しています。

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『新緑』
これは上記のバビロンから5か月後に書かれた作品らしい。訳者はあまり評価していないけれど、僕はなかなか良い作品だと感じた。ここに登場する女性は他のフィッツジェラルド作品とは異なる特徴ある。何かしら癒されるものがある。「なんだろうこれは」と思って、訳者の解説を読むと、なるほどと思わされた。
これも最後のシーンが印象的。僕が知る限り、フィッツジェラルドは短篇の最後に美しい描写とちょっとした教訓を残すことが多い。最後の3行が特によかった。

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訳者のアッシュヴィル訪問記について
アッシュヴィルはフィッツジェラルドが結核の療養のために滞在した場所。ところで「保養地」ってどんなたたずまいなんだろう。これは「夜はやさし」でも感じたこと。この頃のフィッツジェラルドは禁酒していたが「ビールは清涼飲料水」として1日に20本ぐらいは飲んでいたらしい。やはり酔っぱらったらしい。それでも書いた。

そして最後に、翻訳ライブラリー版ではマルカム・カウリー氏のエッセイも収録されている。これは訳者が絶賛しているエッセイだが、フィッツジェラルドが「コツコツの努力家」「何度も何度も書き直す姿勢」「僕は本来的には長篇小説作家」「短篇から長篇に引き伸ばしていく」ところなど、訳者が強く共感したものと思われる。非常に熱量のある文章。(余談だけどマルカムカウリーとムラカミハルキってなんか似てる)

【著書紹介文】
僕らはこの不躾なくらいに気前よく才能をまき散らす作家に脱帽しないわけにはいかない……ビター・スイートな五短編と訳者のアッシュヴィル訪問記。マルカム・カウリーの名エッセイ新収録。

【訳者年譜との照合(笑)こういうの好きなんだよなぁ】
本書(バビロンに帰る)が出たのが1996年で、訳者の長篇「ねじまき鳥クロニクル」の直後。ちなみに本書を「グレート・ギャツビー翻訳への助走」と語っており、グレート・ギャツビーが10年後の2006年に訳出・出版されている。

(書影と著書紹介文は https://www.chuko.co.jp より拝借いたしました)

【フィッツジェラルド関連note】

グレート・ギャツビー
https://note.com/seishinkoji/n/n9081e6b3e7d6

夜はやさし
https://note.com/seishinkoji/n/ncce7b274074d

マイ・ロスト・シティー
https://note.com/seishinkoji/n/n84b27bed5431

ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック
https://note.com/seishinkoji/n/n1003a72157c1

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