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何をすべきか/何ができるか。

「先生、早く家に帰りたいけど、こんな状態じゃあ無理ですよね。ひとりでトイレにも行けないし、ほら、足もこんなに細くなっちゃってて。」

 ある難病を抱える彼女の表情は暗く沈み、自尊心の深く傷ついていることは明白でした。急性期の治療を経て一命を取り留めたものの、その過程で大幅に体力を消耗し自宅に帰ることができなかった彼女との出会いは、リハビリテーションのための転院によるものでした。

 入院中の主治医になった私は、注意深く彼女を観察します。

 やらねばならぬという思考に突き動かされるように、彼女は焦燥感の中を生きているように見えました。ベッドから起き上がるのがやっとで、介助されながら車椅子に移動するのが彼女の精一杯でした。

「できることに目を向けて、何ができるかを考えるように。すべきことを色々思いつくかもしれませんが、それは未来の自分に任せておけばいい。」

 私はそう伝えながら、診療の舵取りを続けました。薬物療法の調整を進める傍ら、各専門スタッフと連携をとって目標達成を目指します。理学療法室に足繁く通って様子を伺い、ソーシャルワーカーと打合せを重ねて医療福祉面の充実を図ります。

 医師は医療チームのリーダーを務めますが、他のスタッフとの間に立場上の優劣はありません。其々の専門家が明確な目標に向かって協調して動いたとき、最良の医療効果が得られるのだと思います。

 果たして彼女の病状は緩やかに改善し、片手杖歩行で日常生活動作が完全に自立するに至りました。こんなに動けるようになれるなんて、と彼女は涙ながらに喜びました。転院から2ヶ月弱、彼女は自分の足で歩いて家に帰ることが出来ました。

 何をすべきか。
 何ができるか。


 このあたりの文言を見掛けると、付随して「どちらの方がいい」とか「実験結果はこうだ」とか、尤もらしいことが述べられているような気がします。

 そんなん時と場合によります。

 「何をすべきか」よりも「何ができるか」を考えた方がいい場合もあるし、「何ができるか」よりも「何をすべきか」という思考が求められることもあるでしょう。日常生活とビジネスでもニュアンスは変わり、未成年なのか成人なのかによっても考え方が変わってくるように思います。どうにか一般化できないかと考えた末に、私はひとつの結論に辿り着きました。

白紙なら「何をすべきか」と考え、
問題に直面したら「何ができるか」にシフトする。

『鴨の生きる道』第三十二巻 五十七頁



 これは乱世を臨機応変に動く指針のようなものです。無意識に脳内で実行されているプロセスであっても、注意を向けると混乱が解けて思考がクリアになるものです。すると意思決定と行動着手が迅速になって、生活の幅が広がります。

 白紙とは、自由度の高い余裕のある状況です。新しいことを始めたり、ビジネスモデルを考えたりするイメージでしょうか。与えられた環境や選択肢から、つい「何ができるか」を考えそうになるところをグッと堪えて、「何をすべきか」と考えることで行動に根拠と説得力が生まれます。

 問題に直面すると、その問題を解決するために「何をすべきか」と考え易く、しかし出てくる答えの殆どは実現不可能な理想です。すべきことは色々思いつくのに、実行困難で解決に至らない…。落ち込みます。そこで「何ができるか」という思考に舵を切ることで、実現可能なことの中から最善手を探す方法にシフトチェンジすることを期待します。


 まとめます。


白紙なら「何をすべきか」と考え、
問題に直面したら「何ができるか」にシフトする。



 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、貴方の日常にある閉塞感が溶けて、伸びやかな朝が訪れますように。




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渡邊惺仁
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