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雨風を凌げるのって幸せ。

 雨が降ると脳裏に浮かぶ一冊の本があります。
 子どもの頃、裕福とは程遠い暮らしでした。貧困家庭かというとそうではないと思いますが、私が生まれたとき父はまだ大学院生で、世帯収入がほとんどありませんでした。私が大人になってから聞いた話では、働き始めてからの数年間は相当厳しい状況だったようです。

 知人のツテで破格で借りられるということで、借家に住んでいました。木造築何十年という小さな家屋で、鼠と隙間風は友達でした。

 雨の日は大変です。

 雨漏りするんです。

 一ヶ所や二ヶ所ではありません。雨足が強くなるほどに、そこかしこから漏れてきます。バケツや洗面器では数が足りなくて、大きめの食器も受け皿にします。茶色く濁ってカビの匂いのする水が、ポタリポタリと落ちてきます。台風にもなると被害は深刻で、上から浸水(??)してきます。

 家の中がピチピチじゃぶぶゃぶランランランです。ジャノメはどこですか。

 就学前の私は「あ!あそこアマモリしてる!」などとはしゃぎながらバケツを持って走りましたが、今振り返ると哀愁が漂います。家の中で傘をさしながら台風の到来を告げるラジオを聞いた日を、私は忘れないでしょう。

 楽しかった雨漏り生活ですが、ひとつだけ悲しい出来事がありました。

 公立図書館で借りてきた一冊の絵本が、予期せぬ深夜の雨漏りの襲来を受けて茶色く濡れてしまったのです。早朝それに気付いた母は慌てて水を拭いてドライヤーで乾かしていましたが、一部の紙がゆがんで淡い茶色に変色していました。天気の良いときにしか図書館に連れていってもらえなかった理由が分かった気がしました。

 どうしよう…と泣きそうな母と一緒に図書館に行きました。

「買い取りになっちゃった」

 と、母がカウンターから戻ってきました。

 どうやら本の損傷が激しく、こちらがその本を買いとることで図書館が新しい本を購入するようでした。がっくりと肩を落とした母に心が痛みましたが、一方で「自分の絵本だ!」と密かに嬉しかったのは内緒です。

 小学生になって引越してからは、雨漏りの経験はありません。普通の家は雨漏りしないということを、私は引越してから知りました。

 雨風を凌げるのって幸せ。

 図書館は素晴らしいです。たくさんの本が読み放題ですから。家の中で濡れる心配のなくなった私は、次々と本を借りて読んでいきました。小学校の図書館では物足りなくなって、公立図書館にも通いました。体調が悪くて外出できない日も、少し具合が落ち着けば本は読めます。とっておきのお気に入りが見つかったときには、貯めていたお小遣いで購入して何回も読み直しました。

 今は電子書籍も広がって、自由に書物にアクセスできるようになりました。インターネット上で試し読みしてそのままデータで買うも良し、注文して紙の本を家に届けてもらうも良し。

 しかし、建物に入った瞬間に広がる本の匂いと静寂に包まれて、読みきれないほどの書物の宇宙を歩くワクワクを、私は憶えています。
 きっとそれは、無くしてはいけない宝物です。

 子どもが生まれてから、また図書館に通うようになりました。息子も絵本が大好きで、次々と借りては読み聞かせています。

 さて、今日はどの絵本を読みましょうか。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方が暖かい家の中で凍えることなく眠りにつけますように。


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