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数学は作文です。
高校1年の入学式のことです。生徒は体育館にクラス毎に整列し、壇上には先生が並びます。先生がひとりずつ紹介される中、私のクラスに衝撃が走ります。迷いのない禿頭に中年体型、そして大真面目な顔をした眼鏡の奥の眼光がやけに鋭いその先生は、私の高校3年間の担任となりました。
「数学は作文です。」
先生は口癖のようにそう言いながら、黒板を回答で埋め尽くします。予習を前提とした授業では、<解>から始まり//で終わる数学の解答が次々と記されていきます。そんな授業の最中に不意に訪れる雑談が、私は好きでした。
「ところで地震というものは恐ろしいもので、みなさんも日頃から気をつけておいた方がいいです。震度1はこれくらいですがーー」
といって先生はその場で小刻みに震えます。
「震度3になるとこれくらい。」
左右にユラユラしていきます。
「それが震度4…5…6弱になると、こうッ!!」
渾身の反復横跳びが始まりました。豊かなほっぺの肉がぶるんぶるんと波打ちます。一体なんの授業か分からなくなってきます。
「震度6強以上は経験したことがありませんがー、おそらく私がこの教室から廊下に吹っ飛んでいくくらいの揺れではないかと思います。」
先生は終始真顔です。迫真の反復横跳びを続けながら叫ぶ先生を前に教室は笑いに包まれていましたが、確かに先生は「経験」と、そう言いました。
卒後数年を経て、機会を得て近況報告に伺った際、世間話の中で先生は「自然災害は恐ろしいものです。」と切り出しました。「地震の恐ろしさは生徒の皆さんに伝えるようにしていますが、それ以外の災害の恐ろしさをリアルに伝えるのはとても難しい。どうやったら伝わるかな。」と。
やっぱり先生は大真面目でした。
私が進路に悩んでいたときも、全身全霊で応えてくれた先生。ちょっと不器用で人に伝わりにくい優しさだったけれど、誰よりも生徒のことを考えて一緒に悩んでくれる、最高の担任でした。
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