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月曜日の憂鬱、老いの考察
毎週日曜になると息子は眠ることを拒む。まだ遊びたい、と恐らくは両親のいる休日を惜しんでいるのだろう。寝覚めは良い。息子の表情が曇り始めるのは、決まって車に乗り保育園が近付いてからだ。寂しさを紛らわせるかのように手に握りしめるバディ、本日は動物図鑑。口元の笑顔は消え、眉根を顰めながらその時を待つ。
「着いたよ」
と声をかけられた息子の表情はいよいよ強張り、しかし言葉にならない。じゃあ図鑑をママに預けておこうか、そういうと素直にそれを差し出してくる。今日もお仕事がんばろうね、と。妻のバイバイ、に合わせて息子も手を振り返す。表情は暗いが、涙はない。ドアを開け、ふと隣の車の幼女が駄々を捏ねて降りないのが目に入る。息子は何か決意めいたように頷き、抱っこの意思表示として両手を私に伸ばした。保育士に荷物を預け靴を脱ぎ立ち去るその時も、息子は涙を見せなかった。
仕事なのだ。齢1歳を過ぎて始めた東京での慣らし保育は熾烈を極め、溺れそうな号泣の日々を彼は乗り越えてきた。息子が保育園に通うことについてどれくらい納得しているのか推し量ることも難しいが、社会性を身につけながら逞しく成長していく彼を心強く思う。パパは仕事、ママも仕事。君も1歳を迎えたから働くんだよ、と説明を重ねた。両親医者の共働き家庭である。現代社会においてこの生活は自然なことだ。息子はわずか1歳にして愛別離苦に対峙し、それを受け入れ乗り越えようとしているのだ。
生老病死から逃れられることはない。ヒトだけの話ではない。全ての生命にとって生老病死は不可避の真理だ。精神性として或いは言語的生命体として進化した人類は、この四苦に加えて愛別離苦、具不得苦、怨憎会苦、五蘊盛苦に直面する。
30歳は決して肉体的に若くない。戦国時代ならば50も過ぎれば年寄りだ。例えば当直業務のつらさ、反動がそれだ。まさに私も直面している問題だ。疲れがとれにくく、無理がきかない。妻も実感があるようで、その友人が言うことには30超えた妊婦が赤ちゃん抱っこしてると早産になる、と迷信じみてはいるが冗談ではない発言をしていたらしい。
ヒトの身体的なピークを考える場合、トップアスリートをみると明らかだ。無論競技により多少の差はあれど、概ね10歳代後半から20歳代前半にパフォーマンスのピークが訪れる。精神面や経験といった要素を鑑みても、そこから先は衰えていくことが多い。頭脳はどうか。これは例えば将棋の棋士をみると分かりやすいように思うが、タイトル取得数などを参考にすると20歳代から30歳代前半と考えるのが妥当だろう。流動性知能と結晶性知能という言葉を借りれば、棋士のピークは流動性知能のピークを少し過ぎて結晶性知能の高まりと重なる部分にあるのかもしれない。
このように考えても、やはり30歳は若くない。精神的に幼稚な大人が目立つために、或いは中々退かない老人が多いために、30歳はまだ若いような気がしてくる異常な社会だが、いくら誤魔化しても生物としての限界に嘘はつけない。この発言に腹を立てる「若くない人間」がいたら、その人は愚かでどうしようもない未熟者か、自分が若いと思っている老人だろう。自分の年齢を真摯に受け止め地に足をついて生きていかなければ、超高齢化社会を走る日本の未来は暗い。老いること自体は自然の摂理で、悪いことではない。どう向き合い、受け入れ、生きていくかこそ我々が取り組まねばならぬ問題である。
未来を担う子ども世代こそ守らねばなるまいに、老人たちは国を食い潰す。未来を創る教育こそ最重要であるはずなのに、国の牽引するはずの公立学校の教育レベルの低さ、教員の粗悪さには辟易とする。戦後GHQをはじめとする諸国の思惑によって骨抜きにされた日本人だが、さて戦前にまともであったかというとそういうわけでもなく、悪しき儒教文化を利用した自国民奴隷政策が敷かれていたわけだから、この国はいよいよ根本から怪しいのだと思う。
問題の根底は何処にあるのだろうか。
単純明快な答えはないかもしれないが、ひとつ決定的に不足している必須要件がある。哲学だ。哲学とは何かというと、端的には考えることそれ自体といえよう。故人の思想を学ぶことが哲学の本質ではない。あらゆる事柄に気をとめ、深く考察することが哲学の根本である。考察のテーマとして最たるものは生命や死であり、答えのない問いかけに対する答えを自ら考え続けることが、ひとつの在り方である。
日常に流され惰性に生き、考えることを忘れたとき、人は人であるといえようか。老いること、死ぬことに正面から向き合い考えることが、現在の生命を輝かせ、未来を創る礎となる第一歩だと私は信じている。
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