10年ズレた世界線を選べたら #3【終】
「もう、あなたと会うのは終わりにしようと思う」
*
おわりのクセが出てしまった
すぐに二人の間の空気が重くなったことがわかる
あなたの笑顔がかわいらしい
あなたの声がいとおしい
あなたの隣にいるのは心地良い
でもどれだけあなたの肌に触れても
ただ温かいだけで
好きという気持ちは留まったまま
もう一度蓋を開けようとペットボトルを持ち変えた時
「コーヒー飲む? 」
あなたが立ち上がった
好きな人の前でコーヒーは
絶対飲まないクセなのに
「うん、飲もうかな」
大人は狡いから
笑顔であなたの気遣いを断る勇気なんて
出せなかった
「これ、コンセントが実家のと違う」
ガチャガチャ
備え付けのコーヒーマシンを準備するのに
何やら苦戦しているあなたを
いつもなら手を出して助けちゃうけど
今は、見守るしかできないから
ペットボトルをひたすら握りしめて
次の言葉を探していた
「砂糖とミルクどうする? 」
「うん、いらない」
もうキスすることはないから
気にすることなんて何もなかったのに
大人ぶって
出来上がったブラックコーヒーを受け取る
「ありがとう」
あまりに芳ばしい香りがカップから広がるものだから
あなたの分が入れ終わるより先に
口をつけて飲み始めることにした
ほんとうに温かくて
美味しいコーヒー
冷たいままで、十分だったのに
「やっぱりね、一緒にいる世界線がわからなくなっちゃったの」
あなたとの関係を変えるのに
すでに言葉は無用だったけれど
美しく終わらせたいクセは
何度恋をしても直ることはない
身体を重ねるたびに、違和感が走った
次第に手を繋ぐのが怖くなった
連絡が来なくても何とも思わなくなった
頭で好きになれない誓約は
体の感覚を鈍らせ
心に混乱を与えた
まだ温かいマグカップを包むように持ち
わたしの前で初めてコーヒーを飲む
あなたを見つめながら
さぞ美しいであろうおわりの言葉を待つ
一気にコーヒーを飲み終えると
あなたは変わらない表情で淡々と答え始めた
「ゆりさんの彼氏探しの邪魔になるのなら、終わりにしよう」
男って何歳であっても、何人の女と遊んでいても、
あぁ、これがかわいらしく
たまらなく愛おしい
あと10年
たった10年、
生まれ落ちる日が遅かったのならば
隣に居続けられる世界線はあったのかもしれない
そんな話を二人でしたこともあった
これ以上隣に居続けたら
まもなく、わたしは誓約を破ってしまうでしょう
「そうね、わたしの彼氏になる勇気がないのなら、おしまい」
大人って意地悪ね
背中を向けるあなたに思いっきり両手を広げて呼びかける
「最後にギューってしてくれる? 」
いつもの、
おわりのクセが出てしまった
愛し合えない男女の関係は
決して交わることのない平行線
そんな世界線に意味を見い出そうとして
固い頭をほぐし続けたの
脆い心に杭を打ち込んだの
熱い体を解放してみたの
あなたではじめてみたけれど
あなたで最後にするって決めたから
きちんと伝えておきたかった
「もう、こんな世界線はあなたで最後にする」
「うん、そうした方がいいよ」
ベルトを締めている思ったら
あっという間にマスクと鞄が身につけられていた
「急いで行けば、講義に間に合いそうだから先に出るね」
カードキーが棚に置かれると
そのままあなたは一度も振り返ることなく
ガチャリと大きな音を立ててドアだけが閉まった
***
いつもわたしの歩幅に合わせて
どれだけ「ゆっくり」歩いてくれていたのかしら
気遣いしか感じない行動なのに
それが言葉に出せないなんて
自分は不器用なんだと
気づいてほしかった
「契約」通り
あなたはいつも言葉のままに行動する
はじめに出会った時のままに終わりを迎えるの
わたしとあなたの間に
「好きになってくれてありがとう」は
無用
その日
あなたからメッセージが届くことはなかった
「10年ズレた世界線を選べたら」
~END
*********************
2022年、うみゆりぃの記事を読んでいただいた方々、投稿を応援いただいた方々、noteで出逢えました皆様に感謝申し上げます。
ありがとうございました!
どうぞ、素敵な2023年をお迎えください。
*うみゆりぃ*