小説「大地に落ちる汐の思い出」(連載第5回)
とことんまで悪心を許さない、それが私たちが見た先生の姿だった。それはもちろん、御自身についても同様で厳しいものだった。私を前にするとまったく動じないで道について説いてくれて、言葉には隙がないように思えた。
しかし兄は先生の心にもぐらつくものはある、と言った。
「俺が先生と一緒に買い物に行ったときだった。帰りの小路で財布が落ちているのを見つけたんだ。先生は拾い上げてな、『落としたものは困っているだろう』と言って中を確かめたんだ。多分、免許証なんかを探すためだろうけど。俺は