離婚式 33
チャイムが鳴った。
天井照明が紫色に変化する。
それは警戒警報の色だった。
おれは乳首から唇を離した。
どうしたの、と怪訝な顔をして見入る女の顔越しに、紫色に染められた天井を見た。
「誰か来たの?」
彼女の認識では宅配便とでも思っているが、そうではない。このマンションは例のパンデミック以来、荷物に関しては宅配ボックスで受取りを行う。
そしてエントランスには警備員がいる。
紫色のサインは、室内より開錠されずにホールに入り警備室前を抜けて、部屋の前でチャイムを鳴らしたときに動作する。
「ちょっと様子が変だ」
彼女の胎内から自身を抜いて、怒張させたままのそれを振って、玄関へと向かった。空気をかき混ぜる空調の音が聞こえる。
ドアに向かった瞬間に膝が笑い、上体が揺れた。
酩酊している気分になり、床が軟体動物を踏んでいるかのようにぬかるんでいる。それに足を取られ、眼前にカーペットの織り目が接近していく。
珈琲の染みが、目につく。
ああ、掃除を頼まないと。
それが最後の記憶だった。
覚醒した瞬間に声が出ない。
猿轡を噛まされていた。
自身は未だに屹立したままだ。
ばかりかぬったりと上下する刺激が加えられている。
視界もマスクで塞がれてれいる。
そこの触感だけが、ありありと現実を突きつけられている。
おれは覚悟を決めた。
大蔵省からθに出向して、脳核チップを埋め込み、そして真実を明かされたその日から、こんな事態も想定していた。
「どう?」
その声音に戦慄した。
よく知る女性の声だ。
柔らかく温かいものがそれを包み、ゆっくりと嬲っている。舌先が左右から舐りあげ、ちろちろと時折、尿道を突いている。
おれは身じろぎをした。
衣服は身に着けてはいない。
後ろ手で椅子に縛ってある。両足を椅子の足に固定され、しかも足先は床に接しておらず、自由が効かなくなっている。上体を伏せようとすると、喉もとが締まる。首も背もたれに拘束されている。
そうして無防備な、それが、身体の中心の全てだ。
その愛撫が知覚を埋め尽くし、肉の牢獄に閉じ込めようとする。
ガスオーブンが作動して、庫内温度の警告音が鳴っている。
りょうはすぽんと、故意にシャンパンでも開けるかのような音を立てて、立ち上がる。その際に長髪でそれを撫でていく。意識してやっているのがわかる。
「良いものがあったわ。BBQの金属串。ちゃんと炙っておいたのよ」
楽しそうに足音がキッチンに向かう。
「今からそれを串で刺してあげるね。それだけ固ければ何本でも通るわ」
料理でもしているかのように、平然とその声の主は語った。