ストライキの復権(2)(2023)
3 近代と労働組合
労働組合は近代の理論に基礎づけられている。その弱体化は近代からの後退をもたらす。
近代人は自由で平等、自立した個人である。彼らは互いに主体として扱わなければならない。けれども、使用者、すなわち組織の経営者や管理者は雇用や昇進、異動、昇給などの権力を有しているため、個々の労働者に対し、優越的な立場にある。彼らはそれを恣意的に利用して労働者を客体、すなわちモノや道具として扱いかねない。労働者は自身を主体として台頭に取り扱わせるために、団結する。労働者の団結権や団体交渉権、団体行動権はこのように理論的に基礎づけられる。
これはイマヌエル・カントの直感主義からの説明だが、近代倫理思想のもう一つの柱である功利主義によっても導き出せる。社会の目的は幸福の増大と不幸の減少である。労働者が主体として扱われるなら、彼らの不幸は減る、もしくは幸福が増す。それにより使用者の幸福が減ったとしても、限界効用によって社会の快は増加、ないし不快が減少する。
ところが、使用者はパターナリズムによって組合を否定したがる。彼らには,確かに、労働者以上の権限と責任がある。しかし、それは家父長のように振る舞うことを正当化するものではない。むしろ、使用者は労働者を主体として扱う権限と責任があると考えなければならない。
経営者は経営を最優先に考える。存在が意識を規定するのだから、その判断は労働者の意思に沿うとは限らない。かりに労働者が不満だったとしても、団体行動をとらなければ、それは我慢できる範囲と使用者は認識する。そのため、労働者は主体として自らの意思を使用者に表明しなければならない。団体行動を背景にしないと、団体交渉には限界がある。
ストライキは労務提供の拒否なので、それにより迷惑を被る人もいる。だが、主体であるはずの労働者が客体として扱われ、その不幸という犠牲の上で財・サービスを功利として享受していたことを自覚する必要がある。もちろん、存在が意識を規定する以上、こうした苦境は世間が知る由もない。だからこそ、労働者も団体交渉や団体行動を通じて自らの搾取を社会的に訴える必要がある。
4 労働運動の世界的波
近年、先進諸国では労働組合がストを決行、成果を上げることも少なくない。
真海喬生=榊原謙記者は、『朝日新聞DIGITAL』2023年11月1日 5時00分配信「米自動車労組スト『勝利宣言』 25%賃上げ、大手3社と合意 先進国、労働運動の波」において、ビッグ3労組によるストの成功について次のように伝えている。
全米自動車労働組合(UAW)は30日、米国の自動車大手3社に待遇改善を求めて行ってきたストライキを終えた。各社から4年半で25%という大幅な賃上げを引き出し、「勝利宣言」を出した。物価高(インフレ)やコロナ禍などを背景に、先進国ではストなどの労働運動が広がりを見せている。
UAWはこの日、最後まで交渉していたゼネラル・モーターズ(GM)と新たな労働協約で暫定合意したと発表した。25%の賃上げのほか、物価上昇に応じて賃金を上げる制度の復活や、年金の拡充などが盛り込まれた。フォード・モーターや、クライスラーなどをブランドとして保有するステランティスとは同じような内容で暫定合意していた。
UAWは40%の賃上げなどを求めて、9月15日に史上初の3社同時ストを開始。段階的に規模を広げ、終盤には利益率の高い大型車の工場を対象に加えて、会社側に圧力をかけた。参加者は一時、3社の組合員約15万人のうち4・5万人以上に膨らんだ。
UAWは、過去22年間の賃上げの合計より、今回の上げ幅の方が大きいと強調。ショーン・フェイン会長は30日に公開した動画で「我々は記録的な労働協約を勝ち取るため、容赦なく戦い、達成した」と誇った。
一方、3社にとっては、今回の賃上げによる人件費の負担増は大きい。フォードは新車1台あたりの生産コストが最大900ドル(約13・5万円)上がると公表した。米ミシガン大のエリック・ゴードン教授は「労組のないメーカーに対する競争力を失いかねない」と述べ、電気自動車専業のテスラなどとの競争に不利に働く可能性があるとした。
米国では、人工知能(AI)の活用が進むことで職を失う不安をきっかけに、ハリウッドの全米映画俳優組合もストを続ける。
他の先進国でも大規模なストは増えている。背景には、世界的なインフレで生活が厳しくなっていることなどがある。インフレ率が昨年10月に11・1%に達した英国では、民間より賃上げが遅れがちな公共部門を中心に、待遇改善を求めるストが起きた。
コロナ禍で人員が削減されたり、働き手が職場の衛生対策や在宅勤務などについて権利意識を高めたりしたことも、ストの増加に影響したとみられている。
労働者がストなどで働かなかった日数の合計を示す「労働損失日数」をみると、米国では今年は1~9月で1105万日と、すでに23年ぶりの多さになっている。英国でも昨年は251万日と33年ぶりの高水準で、今年はそれを超えるペースだ。
日本でも「そごう・西武」の労組が8月、西武池袋本店(東京)で大手百貨店としては61年ぶりとなるストに踏み切った。親会社が百貨店事業を売却しようとしたことに対し、雇用維持などに懸念があるとして反発した。
このように、米国におけるストは成果を労働者にもたらしている。戦わなければ、使用者は我慢の範囲内として自らの判断を疑わない。世間も労働者がいかに客体として扱われているか気づかない。
ミシガン大教授エリック・ゴードン(Erik Gordon)は「労組のないメーカーに対する競争力を失いかねない」と発言している。これは、彼の意図とは別に、テスラが労働者から搾取していると認めたようなものだ。米財務省の調査によると、労組の存在は労働者の賃金を10〜15%押し上げる。労組がないために賃金上昇を抑えられるとしたら、経営者は払わなければならないコストを労働者に押しつけていることになる。それは「搾取」と呼ぶほかない。
実際、労働組合を認めないテスラに対する抗議は欧米で高まっている。林英樹記者は、「『日本経済新聞』、2023年11月11日4時23分配信「テスラ、スウェーデンでストライキ拡大 労働協約拒否で」において、その動向について次のように伝えている。
米テスラに対するストライキがスウェーデンで広がっている。同社が労働協約の締結を拒否し、整備工場の一部従業員に加え、4カ所の港湾でもテスラ車の積み下ろしが止まっている。17日にはストが全国に拡大し、ノルウェーなども追随する見通しだ。労働組合を認めないテスラへの風当たりが強まっている。
今日、労働運動も相互依存している。勝利は他の運動にも影響を与える。また、運動の抑圧を見逃せば、それを口実にいずれ自分たちも同様に扱われる。一つの勝利がすべての勝利につながる。一つの抑圧がすべての決起につながる。それは世界的に同期する。だから、この呼びかけは不滅である。
「万国の労働者、団結せよ!」
〈了〉
参照文献
カール・マルクス、『資本論 第1巻』下、今村仁司他訳、筑摩書房、2005年
「NHKスペシャル 電子立国 日本の自叙伝 第6回 ミクロン世界の技術大国」、『NHK総合テレビ』1991年9月29日放送
「そごう・西武休業が大きな話題、今さら聞けない『正しいストライキ』の仕組み」、『弁護士ドットコム』、2023年08月31日 15時16分配信
https://www.bengo4.com/c_18/n_16455/
東海林智、「そごう・西武のスト学ぶ 台湾の労組が来日 経緯やノウハウなど『決断に感銘』」、『毎日新聞』、2023年11月3日配信
https://mainichi.jp/articles/20231103/ddl/k13/020/001000c
「『そごう・西武』10店舗と従業員の雇用は当面維持 新経営側から従業員向けにメール」、『日テレNEWS』、2023年9月6日11時10分配信
https://news.ntv.co.jp/category/economy/44d12d9dd67a495380525f2430087130
「ストライキなき日本、『もの言わぬ社会』が変わるとき」、『日本経済新聞』、2023年11月5日5時00分配信
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK162CA0W3A011C2000000/
林英樹、「テスラ、スウェーデンでストライキ拡大 労働協約拒否で」、『日本経済新聞』、2023年11月11日4時23分配信
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR10DGJ0Q3A111C2000000/?fbclid=IwAR1LjiWbDzmW5aH3yRkbtyDzVYFoa0veBQGMIn_FwWqGnqHRC6RpUEKC1Ws