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全国自然博物館の旅【9】松本市四賀化石館

化石博物館には2つのタイプがあります。研究・収集・教育を行う施設という点では共通しているものの、「大迫力のティラノサウルスやトリケラトプスをかっこよく展示している大衆向けの博物館」「コアな展示の多い化石マニア向けの博物館」に大別されます。今回紹介する博物館は、(もちろん子供向けの教育活動も実施していますが)どちらかと言えば後者にあたります。
ですので、今回の筆者は化石マニア節を全開でいきたいと思います(笑)。


化石オタクの魂、長野で燃える!

恐竜に夢中な少年少女は、年月を経れば必ず超コアな古生物好きへと変貌します。メジャーな恐竜の名前を覚えるだけでは満足できなくなり、マイナーな古代の生き物へ次々に手を出すようになります。
筆者もその1人であり、貴重な古代のクジラ化石が展示してあるという長野県松本市の博物館に突撃したい欲求がずっと前からありました。その想いを爆発させ、特急あずさで新宿から長野県へと向かってしまいました。

東京方面への行き帰りには特急あずさがオススメです。下り便は席が埋まりやすいので、旅程が決まったら早めに予約しましょう

長野県に着くと、さっそくレンタカーに乗って博物館へ向かいます。間の山々や街を抜けて、信州の大地をさらに進んでいきます。

オタク魂が先走って理性をなくしていたのか、予約段階で到着駅を勘違いしており、諏訪湖を眺めながらレンタカーで長距離ドライブすることに。旅行はトラブルを楽しんでこそ、ですね(笑)!

四賀は松本市に加えられた時期が遅い地区なので、松本の市街地から結構離れた距離にあります。しかし、それもまたご一興。化石マニアの方なら共感していただけるかもしれませんが、山あいの化石館に行くとワクワクしてきます!

超貴重な古代クジラの発見地、四賀に到着。長い運転でしたが、博物館を前にするとテンションが上がって、疲れなど吹っ飛びました。

他の観光地には目もくれず、レンタカーを走らせてここまで来るのは、かなりの古生物・化石マニアです。好奇心の赴くままに、博物館の観覧へと参ります。

日本の古生物学にとって、超重要な標本を研究展示する松本市四賀化石館。古代クジラの化石と対面するという、長年の願いを果たすときが来ました。

四賀の山々から甦る海の生命たち

郷土の名を冠する海の獣! シガマッコウクジラの勇姿!!

長野の県土はほとんどが標高の高い地域であり、そんな現代の環境からは想像できないかもしれませんが、約1300万年前の信州地方には超広大な海原が広がっていました。そこには多種多様な魚介類はもちろん、日本産の肉食クジラも生息していました。
その肉食の古代クジラこそ、四賀地区で発掘されたハクジラ類シガマッコウクジラなのです。

太古の海への導入。とってもワクワクしてきますね。
展示室内の照明は青く、まるで太古の海の中にいるようです。展示されている標本も、大半が水棲生物のものです。

エントランスから1階展示室に入ると、さっそく勇猛な姿のクジラ化石がお出迎え! この骨格こそ、長野県産の古代ハクジラ類シガマッコウクジラなのです。

シガマッコウクジラの全身骨格。全長5 mほどでクジラとしては小型ですが、大きな歯と顎が示唆するように、恐ろしい海の肉食動物でした。
復元図とキャプション。読みながら、シガマッコウクジラの泳ぐ姿をイメージしましょう。

信州では、シガマッコウクジラ以外にも多くの海洋生物の化石が見つかっています。当時の生物相を知ると、シガマッコウクジラの暮らしていた海洋環境が見えてきます。
なお、筆者は古生物関連の記事でシガマッコウクジラをピックアップしております。彼らがどのようなクジラなのか記述しておりますので、参考までに下記リンクをご覧ください。

当時の生態系を構成する主要な捕食動物の一つが、同じく長野県で発見された海洋哺乳類シナノアロデスムスです。鰭脚類(アシカやアザラシなど)の一種であり、古代日本の沿岸海域を泳ぎ回っていたと考えられています。

シナノアロデスムスの頭骨。長野県の天然記念物です。彼らの生態は、アシカやアザラシと同様であったと考えられます。
アロデスムスの全身骨格と復元図。このような姿の海洋哺乳類が太古の信州に生息していたのです。
対比として、現生の鰭脚類の剥製が並べられています。トドのように、古代種に引けを取らぬ大きさの現生種もいますね。

本館では他にも、イルカや魚介類など実に多くの海洋生物化石が展示されています。古生物マニアも極まると、一見地味そうな魚や貝の化石からも想像力を膨らませ、脳内で太古の世界にタイムスリップできるのです(笑)。
改めて、これだけ多くの標本を産み出した信州の大地に感激です。

全長10 mと推定されるナガスクジラ類の頭骨。このクジラは中型ですので、タイマンではさすがのシガマッコウクジラも歯が立たなかったでしょう。
シナノイルカの頭骨。このイルカは攻撃力は低かったと思われますので、おそらくシガマッコウクジラに襲われることもあったでしょう。
カワハギ科の魚、シガウスバカギの化石。発見者は京都大学4年生の青年でした。

立ち並ぶ膨大な数の生物・化石標本

続いて2階の展示室へ。ここでは哺乳類・鳥類。爬虫類の剥製が展示されており、どれもポージングがめちゃくちゃかっこいい。野生動物の生命感が伝わってきます。

2階の剥製展示室。狩りや威嚇のシーンをイメージしたポーズが秀逸。
ユキヒョウの美しさとかっこよさは、まさに芸術品。今にも飛びかかってきそうですね。
身構える猛禽類たち。複数種が並ぶとかっこよさも数倍増しですね!

そして、古生物マニアにとって垂涎モノなのが、廊下のケースに並んだ多数の化石標本。新生代のコレクションには四賀地区で採集されたものも含まれており、本地域の圧倒的な化石産出量を実感できます。もしかすると、シガマッコウクジラに続く大発見が四賀地区で成し遂げられるかもしれません。日本の古生物学にとって、注目の地域だと思います。

2階の廊下に配された化石展示ケース。古生代・中生代・新生代の生物化石をお目にかかれます。
中生代のコレクションには恐竜化石もあります。こちらは大型のハドロサウルス類エドモントサウルスの歯の標本です。
こちらは四賀地区で発見された貝類の化石。シガマッコウクジラと同じ時代に生きていた海洋生物です。

奥のケースに展示されているのは、整然と並べられた現生貝類の標本。これらを収集するのに費やした労力と時間は計り知れないでしょう。学術的な価値はとても高いと思います。
ちなみに、貝の殻は炭酸カルシウムで構成されているため、保存には細心の注意を払わなくてはいけません。うっかり紙のラベルをそのまま標本と同じ容器に入れてしまうと、紙から生じる有機酸で貝の殻が腐食してしまいます

廊下のさらに奥にある貝類展示ケース。筆者は博物館大好きな性分なので、ガラスの奥に並ぶ化石を見るとワクワクします。
一口に貝と言っても、形状はとても多様です。本展示をしっかりと見て、そのバラエティの豊かさを感じ取っていただきたいと思います。

最後に、筆者が感激した点を一つ。なんと、1階の受付にてシガマッコウクジラ記載時の原著論文が200円で売っています! これは古生物ファンなら絶対買うべきです!!
ミュージアムショップにて専門書を売っている博物館は山ほどありますが、原著論文を売っている場所はあまり聞きません。シガマッコウクジラの全貌を理解するのならば、必ずゲットしましょう!

博物館の受付でシガマッコウクジラの原著論文を購入。やっぱり論文は紙媒体の方が好き!
東京へ帰る特急電車の中で論文を読みまくる。見応えたっぷり! これで200円は超お買い得!!

松本市四賀化石館 総合レビュー

所在地:長野県松本市七嵐85-1

強み:郷土を代表する古生物シガマッコウクジラの学術展示、長期的な研究によって蓄積された松本市の古環境に関する知見、生物・化石マニア垂涎の膨大な標本点数

アクセス面:旅行者の方にはレンタカー、県内の方には自家用車の使用を推奨! JR松本駅からバスが出ていますが、本数は少ないので、公共交通期間を使うなら相当な計画性が求められます。ここは敢えて声高にもう一度言います。レンタカーか自家用車で行きましょう!

古生物が好きな人には、かなりオススメ。本館をピンポイントに狙って来館される方は、間違いなく筆者と同じ化石オタクです! 普通の(?)旅行者の方には、キャンプやツーリングなどのレジャーと合わせて来訪することをオススメします。松本の市街地から結構離れているため、同日中に他の観光地も巡るのなら、綿密に計算してタイムスケジューリングしましょう。
ここにしかない貴重な標本が多数あるので、筆者としては、1人でも多くの人に来館してほしいと願っています。シガマッコウクジラの研究展示はとても興味深いですし、シナノアロデスムスという影の注目株までいます。
確かに、有名博物館の展示ホールに立つティラノサウルスやトリケラトプスはめちゃくちゃかっこよく、筆者も恐竜は超大好きでよく見に行きます。ですが個人的には、もっと多くの人々に日本固有の古生物にも目を向けていただき、シガマッコウクジラをはじめ国内の化石動物たちに脚光が当たってほしいと願います。日本にも海外に負けないほど貴重な学術標本があると理解できるので、本館は長野県が誇る素晴らしい研究展示施設だと思います。

博物館の向かい側にはカフェがあります。信州の山は寒いので、暖かいコーヒーをゆったり味わうのもいいですね。

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