サツキ

僕は、物作りが好き。走りながら考え、止まる時は寝る。常に想像と共に。 仕事はデサ…

サツキ

僕は、物作りが好き。走りながら考え、止まる時は寝る。常に想像と共に。 仕事はデザイナー。ジャンルは問わず、気の合う人と面白い事を考え、共に歩む事が僕のミッション。

最近の記事

Hello TOKYO #19杯目

電車は上野に到着し、中村の後をついてホームに降りる。混み合う駅の人混みを避けながら、なんとか山手線に乗り換える。 「あまりキョロキョロすんなよ」 「お前もな…」 丸いサングラスを鼻先にずらし、小声で話す二人はかえって目立つ。 原宿に到着し、駅の改札を出ると、雲ひとつない夏の日差しが出迎えてくれた。中村はメモをとった紙を広げたまま目的地へと歩き出す。 「キヨシローが来るかはわからないんだろ?」 「まあ可能性としては半々だな」 そう言いながら僕達は少し早足になった。

    • LONG TIME AGO #18杯目

      あの日から中村と一緒にいることが多くなった。 彼の自宅で自慢のステレオを覗き込むようにすわってキヨシローの名曲を聴いた。最後は決まって歌詞の話になる。 「タイマーズのロング・ タイム・ アゴー、こんな原爆の歌ってすごくねえか」 「なんで反原発ソングだと発売が中止になるんだ? 」 「なんで放送禁止の用語ってあるんだ? 」 キヨシローの「なんで」が僕らの「なんで」になっていく。 「ロックだよな! キヨシローは」 その魅力に取り憑かれていく僕に中村は言った。 「東京

      • 長く伸びた道の先 #17杯目

        樋口先輩と小川先輩が卒業し、一人で帰ることが多くなった。 大きな国道を避け、田んぼの畦道に入る。長くまっすぐな道に車は通らない。 自転車を止め、大きく伸びをしたあと、ウォークマンのカセットテープを入れ替える。先輩たちが残してくれた、ローリングストーンズの「ホンキー・トンク・ウィメン」のカウベルが鳴る。 さあここからはフリーウェイだ。ハンドルを握り直して、目線を道の先端に向ける。すると視界に自転車をこぐ同じクラスの中村の背中が入ってきた。高一のときから同じクラスだったが特に

        • レディース アンド ジェントルメーン #16杯目

          「オリジナル曲作ろうぜ!」 チーズバーガーを片手に、ストロベリーシェイクをすすりながら小川先輩は言った。それを聞いた樋口先輩はすくっと席を立ち、ロッテリア2階の真ん中にドカンと置かれたジュークボックスに100円玉を2枚入れた。 「俺にはもう構想がある!」 そう言い放つと、広い店内にベルベット・アンダーグラウンドの「I’m Waiting For The Man」が地鳴りのように流れた。 「ルー・リードみたいに、いなたい感じのボーカルでさ、リズムがドラム缶たたいてるみた

        Hello TOKYO #19杯目

          バンドやろうぜ!#15杯目

          高校の門を勢いよく自転車で飛び出した。僕は少し先を行く樋口先輩の背中を立ち漕ぎで追いかけた。 「バンドやろうぜ!」 前方から風の音に混ざってそう聞こえた。 「大丈夫だよ。ケイトが歌えばいいから」 数日後、手書きの地図を見ながら、街の中心に流れる小川沿いのレンタルスタジオを探した。まだ明かりの灯らない薄汚れたピンク色にブルーの文字の看板を見つけた。入口に僕と同じ校章の学ランにギターを背負ったどこかで見た先輩が立っている。 「お! ケイトだろ? ひぐっちゃんから聞いてる

          バンドやろうぜ!#15杯目

          「絵、みんな描かないの?」 #14杯目

          水色の空に白い雲がくっきりと浮かび上がる。 日曜日の午前中で車の通りも少ない。絵画教室への道がいつもより広々と感じらる。自転車のハンドルから両手を離し、暑さの混じった夏の風を全身で受ける。 一度も信号に阻まれることなく、あっという間に教室に着いた。 玄関に目をやると、いつもなら無造作に脱ぎ捨てられた靴が整然と並べられている。 扉を開け、スリッパを履きながら、教室を見渡した。皆、絵も描かず、ただ黙って下を向いていた。 伏見先生は両肘を膝について手を組んでいる。視線を床に落

          「絵、みんな描かないの?」 #14杯目

          100万円の授業 ♯13杯目

          東京で過ごした高一の夏休みが終わり、僕はイソップ絵画教室に帰ってきた。 頭上から降り注ぐ昼の日差しの下、立て付けの悪い教室の扉を開けた。暗い蛍光灯に目が慣れるまで少し時間がかかった。皆がそれぞれのペースで描いている競争のない空間に僕はホッとする。と同時に心の中にはザワザワとした不安があった。 いつものように車のエンジンの音が少し遅れて聞こえてくる。僕は先生を見るやいなやすぐに講評会をしたいと提案した。先生は目を丸くしたままパチリパチリと瞬きをした。 「おもしろいね。やっ

          100万円の授業 ♯13杯目

          僕のミカンの絵 ♯12杯目

          「夏休みに東京の絵の予備校に行ってみたい!」 取り寄せたパンフレットはどれも行ったことのない場所への招待状のようだった。 職員室の椅子にドカンと座った担任に、始めの2日間は授業を休んで参加するとつげた。手渡したパンフレットを机に広げ、コツンコツンとペンで小突きながら言った。 「絵の講習会なんだろ? 僕の可愛いサッカー部の生徒にだってそんなこと認めてないのに、なんでサツキだけ許可せにゃならんの?」 遠くでその不穏なやりとりを見ていた安納先生がゆっくりと近づき、講座の内容

          僕のミカンの絵 ♯12杯目

          カッコいいケイトとカッコ悪いケイト ♯11杯目

          いつものように樋口先輩と校門で待ち合わせて、ジョイナスでナポリタンを食べてから塾に向かった。 玄関のたたきに並ぶ靴を見れば、誰が来ているかはだいたい想像がつく。 ただ、この日は見慣れない靴があった。30センチの巨大なコンバースだ。ホワイトのハイカットは丹念に手入れされていて、星のマークがキラキラと光っていた。 教室に入ると、蛍光オレンジのダウンジャケットを着て、肩まで髪がを伸ばした男がみんなに囲まれていた。 「ケイトさんが来てるんだよ! あ、君じゃなくて。イカ天で勝ち

          カッコいいケイトとカッコ悪いケイト ♯11杯目

          カッコイイってなんだろう ♯10杯目

          ケイトがバンドを始めるずっと前の小学5年生だった僕は父の転勤でアメリカに移り住んだ。 MTVが最盛期を迎え、マイケルジャクソンやマドンナ、プリンスを筆頭に、たくさんのスーパースターが世界を熱狂させていた。日本では「さだまさし」と「イルカ」しか聴いてなかった父が、「マイケル」だけでなく、その兄の「ジャーメイン・ジャクソン」のカセットテープを仕事帰りに買ってきた。でもそのおかげで、僕は宝物がたくさんつまった洋楽の扉を開けることになった。 「WPRJ New York Powe

          カッコイイってなんだろう ♯10杯目

          白が続くわけでもなく、黒が続くわけでもない ♯9杯目

          「石膏像の裏側も感じて描こうね」 先生はよくそう言った。見えない部分を感じるとはどういうことだろう。 「背中に空間が回り込んでいるように描くんだ。モチーフがどうなっているか、いろんな角度から観察してごらん」 目の前の白い石膏像に右上から光があたっている。彫りの深い目に、がっしりとした鼻、顎、それぞれ下には影ができている。 「ずっと白が続くわけでもなく、黒が続くわけでもない。そこに繊細な濃淡の波があることで立体が見えてくるんだ」 ずっと白が続くわけでもなく、黒が続くわ

          白が続くわけでもなく、黒が続くわけでもない ♯9杯目

          夜遅くまで絵を描いている教室 ♯8杯目

          「100枚くらい描くと美大に入れるレベルになるんだって」 何度めかの教室で、長髪にフチなしメガネ、無精髭で顎が青い先輩がそう言っていた。 「僕は2浪。油で芸大目指してる」 油とは、油絵のことらしい。 先輩は自画像を描いていた。木炭で描かれたメガネの奥の眼光は鋭く、少しのけぞり気味にこちらを睨んでいる。無精髭と頬の質感、メガネのレンズに映る歪んだ教室、背景に見える石膏像、僕がすわる丸椅子から見えるそのデッサンは、果てしなく遠い山の頂上かのようで、そこへたどり着くことなど想

          夜遅くまで絵を描いている教室 ♯8杯目

          戦いの神様マルス ♯7杯目

          まずはイーゼルの上にカルトンを置く。次に、大きなクリップで肩幅より大きなデッサン用の紙を挟む。そして手には木炭を。 さあ、始まりだ。真っ白な画面の中央の端から端まで、思い切って真っ黒な十字の線を引く。あとは目の前の物をそこに写し取るだけだ。 「この石膏像はマルスっていうんだ。戦いの神様だったかな。本物は全身の像で、右手に槍、左手には盾を持っているんだ」先生はそう言うと僕の隣に自分の丸椅子を置いた。 背筋を伸ばし、肩から垂直に腕を前に出す。手には自転車のスポークを縦につか

          戦いの神様マルス ♯7杯目

          木炭と食パン ♯6杯目

          それが伏見先生との出会いだった。 細かく挽かれたコーヒー豆でフィルターの上に小さな山を作った。ちょうどいいタイミングで赤いヤカンの注ぎ口から「ピー」とかん高い音が鳴る。 沸騰したお湯を少しだけ豆の中心に落とす。 「天然酵母のパン作りにはまっていて、よかったら一緒に食べてみて」 そう言うと、またていねいにお湯を注いだ。 昨日、安納先生が淹れてくれたコーヒーよりすっぱい。ゴツゴツして硬い天然酵母のパンはそれよりもっとすっぱかった。 「まずは木炭デッサンからだね。今日は僕の木

          木炭と食パン ♯6杯目

          「コーヒー飲む?」 ♯5杯目

          教室の外から車が近づいてくる音が聞こえてきた。 もう暗くなっていてる。赤いブレーキランプがカーテンを照らした。 「バォン」 ドアを閉める音がした。誰かが教室の扉に手をかけた、と思いきや、一度止まったはずのエンジン音がまた聞こえる。車が発進する。しばらくするとバックで戻ってきた。まるでリプレイのようにブレーキランプがカーテンを照らす。 そして今度こそ誰かが扉を開けた。 僕は立ち上がり、斜め横に体を倒しながら入り口の方に体を向けた。すると、もじゃもじゃの髪をポリポリとか

          「コーヒー飲む?」 ♯5杯目

          誰もいない絵画教室 ♯4杯目

          翌日、僕は学校帰りに先生の自宅の敷地内にある絵画教室を自転車で訪れた。 住宅街の脇道に入り、2階建ての家を探す。エンジ色の屋根はすぐに見つかった。昨日教えてもらったとおり、庭に沿って作られた車一台がギリギリ通れる私道に入っていく。突き当たりの、水色のペンキで塗られた平屋が目的の場所に違いない。 扉の脇に無造作に立てかけられた看板は、長いあいだ雨や風をうけて木目が白く浮き出ていた。 「イソップ絵画教室」 ペンキで書かれたカラフルな文字の周囲には花の模様がクレヨンで描かれ

          誰もいない絵画教室 ♯4杯目