戦いの神様マルス ♯7杯目
まずはイーゼルの上にカルトンを置く。次に、大きなクリップで肩幅より大きなデッサン用の紙を挟む。そして手には木炭を。
さあ、始まりだ。真っ白な画面の中央の端から端まで、思い切って真っ黒な十字の線を引く。あとは目の前の物をそこに写し取るだけだ。
「この石膏像はマルスっていうんだ。戦いの神様だったかな。本物は全身の像で、右手に槍、左手には盾を持っているんだ」先生はそう言うと僕の隣に自分の丸椅子を置いた。
背筋を伸ばし、肩から垂直に腕を前に出す。手には自転車のスポークを縦につかんでいる。この細い針金に沿って親指を立てると、目の前のモチーフの比率を読み解ける。
教室のマルス像は頭部をやや前に倒し右下を見ている。僕はそれを遠目の位置から望んだ。
「大きく捉えてね。マルスの首が手前に倒れているから、頭と胸の間に空間が生まれてるよね」
「ん? 頭と胸の間に空間?」
質問すら見つからずただポカンと口を開けていた僕を尻目に、先生はマルス像を鉄人28号のように大胆に描いて見せた。
「胴体に丸太が突き刺さってる感じ」
そう言いながら、木炭を倒してザバザバと画面に濃淡をつけた。指や手のひらを画面に押し当てたりこすったりすると、白黒の世界には、瞬く間にいろいろな質感の濃淡が広がっていく。
「パンパン」
先生が人差し指で画面を弾くと、真っ白な二次元の紙の中に奥行きのある空間が生まれていた。
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