【書籍紹介】洗脳原論
苫米地英人博士のデビュー作
本書は累計200冊以上の書籍を執筆されてきた苫米地英人博士の記念すべき処女作である。
今でこそコーチング用語である「コンフォートゾーン」や「抽象度」という言葉が一般的にも知られるようになってきたが、こういった言葉も苫米地博士が20年間にわたって書籍を書いてきた功績といえる。
そんな苫米地博士が表舞台に登場するきっかけとなったのが「オウム信者の脱洗脳」だった。
この「洗脳原論」は博士がオウム信者の脱洗脳を通じて得た知見をまとめたもので、おそらく日本で初めて「洗脳」を体系的に表した本だと思う。
本書の内容は読んでみると一件難しく感じるかもしれない。
他の博士の本は一般の人にも分かりやすい言葉で書かれていて、難しい内容を分かりやすく伝え、且つ読み手に今まででは気が付くことが出来なかった見識を与えてくれる。
しかし、本書はどちらかというとある程度の知識を持った人を対象にしている印象があり、大学で心理学ないしは論理学、工学などを学んだ人が「人間の脳と心の機能はどうなっているのか」を「洗脳」という切り口で学ぶために書かれている。
そのため、初めて博士の本を読む方にとってはハードルが高い一冊ではないだろうか。しかし、それゆえに博士の現代科学と哲学に対する思いと、悪意がある人の洗脳行為がどれほど危険であるかを、生々しく表現している一冊になっている。
洗脳とは何か
これまでの博士の著書を読むと現代人は親や政治家、TVなどから強い影響を受けていて、自分の頭で考えることが出来なくなっている。つまりほとんどの人間は強い影響力を持っている外の人から「洗脳」されていると言ってきた。
そのため「洗脳」という言葉がある意味「誰でも影響を受けている日常的に行われているもの」だと感じるかもしれない。
しかし博士は本書の中で
と言っている。
つまり博士が他書で言っている「洗脳」という言葉よりもさらに強い影響力をもって人をコントロールすることが出来る状態を「洗脳」だと定義しているのだ。
これは本当に悪意がある人たちが行っている行為と、テレビやマスコミ、学校教育などで行われている行為とを明確に分ける意味が込められている。
人間は誰からも何も影響を受けずに生きていることはあり得ないが、そういった広く一般的に存在している「影響力」と、悪意のある人が相手を意のままに操る意図をもって与えている「影響力」は全く別なのである。
だからこそ「洗脳なんて言ってしまえばどんなものも洗脳なんだから、宗教にだけを取り上げるのはおかしいんじゃない?すべて自己責任でしょ」と軽んじている人がいることを危惧しているのだ。
洗脳のメカニズム
では意図的に相手を「洗脳」しようと思っている人たちがどんな手法を使っているのだろうか?
ここでポイントとなるのは「変性意識」と「ホメオスタシス」である。
「変性意識」とは意識が朦朧としていていたり、何かに熱中しているときに、周囲の物理情報をシャットアウトしている意識状態のことを言う。
また「ホメオスタシス」とは人間が持っている「恒常性(一定の状態)を維持する力」で、外界の変化にたいして自分の内側の状態を一定に保とうとする機能である。
この外界の変化には現実世界、仮想世界(情報空間)の変化も含まれるため、暑いと思えば汗が出て体温を一定にするし、映画を見て恐怖を感じれば心拍が上がり手に汗握るのもホメオスタシスが働いていると考えられる。
そして洗脳にはこの人間が持っている2つの特性が大きく関与しているのだ。
洗脳者はまず何かしらの方法を使って相手を変性意識状態にする。これは催眠といったものでなくても、現実世界よりも仮想世界の方が臨場感が高くなるような話しをするだけでも変性意識状態にすることは可能である。
例えば私たちが誰かの話に夢中になっているときは、現実世界の情報から仮想世界(情報空間)に意識が向けられている状態である。
例えばオウムのようなカルト集団においては、神の存在など、自分たちが普段生きている中で上手くいかないことや、惨劇が起こっていることを「神」という抽象度が高い存在が関与しているということを巧みに伝えることによって、被験者の意識状態を変性意識状態に持っていくことが出来る。
もちろん浅い変性意識状態では、すぐに現実世界の情報に引き戻されるため、何度も働きかけることで「強い変性意識状態」を作り上げていく。
実はこの「現実世界に引き戻される」という機能が「ホメオスタシス」なのである。
つまり洗脳者は自分がより優位な状態でいられる仮想空間に被験者をいざない、現実世界よりも仮想世界の方が臨場感が高くなる状態にし、被験者が現実世界の情報に触れたとしても、仮想世界に戻ってくるようにしているのである。
すると被験者は仮想世界に「ホメオスタシス(恒常性維持機能)」が働くため、現実の物理世界にいるにも関わらず、仮想世界が真の世界で、現実世界が異様な世界に感じられるようになってしまうのだ。
これが「洗脳」された状態である。
脱洗脳のメカニズム
この洗脳状態にはもちろん「強い洗脳」「弱い洗脳」がある。
「弱い洗脳」であれば、私たちは普段からテレビやゲーム、映画、小説の世界などに入ったり出たりしているし、誰か好きな芸能人や尊敬する人の言葉を聞いて心酔することもある。
しかし、今まで以上に重要な情報に新たに触れれば、簡単にその洗脳は解け新しい情報を受け入れることが出来るのが一般的である。
しかし「強い洗脳」になると、どんなに周りでより確からしい情報が出てきたとしても、被験者は洗脳状態が解けることは無い。
むしろそういった外界から来る人達を敵だとみなして攻撃的してしまうことがある。これがカルト集団に洗脳されてしまった人たちの恐ろしい部分である。
そして苫米地博士は、その最も強い洗脳を受けたオウム信者の脱洗脳を行い、信者を改心させてきたのだ。
ところが本書によると脱洗脳の成功確率は極めて低いらしい。
一般の精神科医や脱洗脳カウンセラーと言われている人たちでは本当に成功しているかは、かなり怪しいということである。
そして苫米地博士であっても成功確率は6割なのだと言う。
それほど脱洗脳は難しいとい作業なのだ。
それでも他の脱洗脳家に比べたら遥かに高い成功率を出すことが出来る博士はどうやって脱洗脳を行っているのだろうか?
本書ではその技術の根幹となる知識が書かれているが、いくつか掻い摘んで列挙すると「認知科学」「機能脳科学」「分析哲学」「宗教哲学」「離散数理」「人工知能」「発達心理学」「精神医学」そして「ディベート」である。
博士は元々人工知能の研究を行う科学者であった。
しかしコンピューターに人間のように思考させるためには、人間の認知機能を解明する必要があった。そしてその認知機能をコンピューターに実装するためには、それをコンピューター言語(数学)に置き換えなければならない。
その研究の過程で博士は人間が持っている脳の機能(変性意識やホメオスタシス等)を深く研究するようになった。そしてより変性意識状態にある人たちの研究をする中で人間が洗脳されている状態を解明することが出来るようになり、逆に洗脳されている人たちを脱洗脳する技術を身に着けていったのである。
具体的な方法は本書を読んでいただきたいが、ポイントだけ抜き出せば「アンカー」を見つけ、それが間違いであることに気付かせ、「トリガー」を除去することである。
たとえば、洗脳された人であれば「教義を守らなければいけない。守れない場合は地獄に落ちる」などの強いアンカーが埋め込まれている。
そしてアンカーを特定したら、その内容が間違いであることを示さなければならない。その時に「ディベート」の技術が役立つのだ。
そして相手が思い込んでいる考えを覆すことに成功したあとに、それが発動するきっかけとなる「トリガー」を特定していくのである。
この「アンカー」と「トリガー」を取り去ることで、初めて脱洗脳は完了となるのである。
まとめ
このように「強い洗脳」状態にある人に対する脱洗脳のプロセスは生半可な作業ではない。
そして洗脳の技術を開示することにもリスクが伴う。なぜなら悪意ある人が使う可能性があるからだ。
しかし苫米地博士はそれでもこの情報を開示すべきと判断したのだ。
本書を読むことで洗脳とは何か、脱洗脳とは何かの基本理論を知ることが出来る。その内容をどう使うかは私たちの判断にゆだねられている。
この知識をよりよい社会にするために使うことが、私たちに課せられている使命ではないだろうか。
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