インシュアテック事業ベンチャーのデザイナーが米ビジネス誌Fast Companyのデザイン特集の事例から考えること(ブランディング編②)
今回はブランディングに関する話題を、米のテクノロジーとデザインにフォーカスしたビジネス誌、Fast Companyのデザイン特集記事をまとめた1冊、”Fast Company Innovation by Design: Creative Ideas That Transform the Way We Live and Work(『世界を変えるイノベーションデザイン ビジネス誌ファストカンパニーが選んだ革新的事例』)から、自身の業務目線でも気になった事例紹介と所感を中心に展開していきます。
事例が多いため、ブランディング編は2回に分けて紹介、所感を記載していきたいと思います。初回はこちら
※ 原書で読んでいるため、本記事で記載する内容において、日本語版と違う表現の箇所が多い可能性がございます。
全体所感:ブランディングは設計する組織を体現する思想や集合知として強く作用し、D2CプレイヤーはO2O/レガシープレイヤーはD2Cとオムニチャネル化におけるブランド価値の構築へと活路を見出している。
ブランディングの力
集団の個性が作り出す魅力的なブランド
トランプ氏の大統領キャンペーンで使われた、MAGA帽は、「良い」デザインの限界として語られた近年の良例である。
なんの変哲もないTimes New RomanのフォントでMake America Great Againと刺繍したあの帽子(ノベルティ生産品レベルのもの)が、センセーションを作り出した。
2016年の大統領選で対抗したヒラリー陣営の洗練されたデザインやブランドが作り出した視覚的効果と比して、デザインされていない(が故に)一般大衆感溢れるノベルティクオリティの野球帽が勝ったという例である。
トランプ陣営は、その野球帽に対して集中的にキャンペーンの資金を投じた施策が大成功し、一種のアイコンとなった。帽子そのものは「グッドデザイン」ではなかったものの「グッドブランディング」であったと言われている。億万長者が一般大衆へアピールするブランディング戦略として、あのキャップを被ることが成功へと導いている。
対する事例として、ニューヨーク選出のコルテス議員が2018年の中間選挙で史上最年少の下院議員として選出されたキャンペーンでは徹底的に練られたデザインを含めたビジュアル戦略がブランディングとして行われた。彼女の移民系の出自やニューヨークという土地をよくを体現させる色使いやフォントをはじめとしたブランディングが勝利の一員となった。
どちらの事例も、大衆に向けられた個人のブランディング戦略である。それらは大衆をターゲットとする選挙キャンペーンにおいて、それぞれのターゲット層に対して有効にはたらいた。
デザインに注力された施策が魅力的響く層であるのか、洗練されたデザインを疎ましく(とまでは言わないものの、エリート臭く不信感を抱く)層なのか、おそらく陣営ごとにターゲット層に対して見極めてブランディングしたものと言える。
とは言え、類は友を呼ぶと言うべきか、組織においては、ある程度似たような感性を持った人物が採用や環境などといった要因で集まることは少なくない。ブランディングの方向性は結果論としてロジカルに数字も含めて説明されることは多いものの…どこまでが意図的なブランディングと呼べるのか?
結局、ある程度の偶然 × 必然で自然と形成された集団の感性に「味付け」としてブランディング戦略が加わっている傾向も強く感じられる。またそれらの個性を体現しているからこそ、魅力として表れている。
人々が集まって形成されるのが集団であり組織である。結果、その組織に集まってきた人たち(と、そこから生まれるサービスやプロダクト)の感覚も体現させ、ロジカルに研ぎ澄ましていくプロセスを経ることが、魅力的に訴求するブランドが成立していっているとも言える。
ブランドはユーザー側も定義する?
ブランドを定義する力がぶらんどそのもののプロバイダーだけでなく、ユーザーにもその力が移譲されていると感じられた例として、Gapのロゴ変更(してすぐ撤回した)の件が思い起こされる。
2010年時のブランドのVIのリニューアルするさ際の意図としては、創業当初のロゴ(とその精神)を意図し、ロゴを当時のサンセリフ体のシンプルなものとしてリブランディングした。
ただ、問題はユーザーの多くはその創業当時のGapロゴに対して馴染みがなく、ユーザーが慣れ親しんだあのセリフ体の、あのGAPのフォントのロゴに対してユーザーは強い愛着を持っていたため、オンライン上し、リブランディングを撤回するに至った。
この件に関しては、たくさんの見解があるかと思うものの、ロゴだけの問題ではなく、展開の仕方やメッセージの出し方次第では(ある程度)状況が異なったのかも…と当時、側から見ていて感じていた(ファッション業界の人間ではないものの)。
ユーザーがオーナーシップを感じているブランドは、ブランド側からの発信でブランドのイメージの舵取りをすることは難しく、愛着を持っているユーザーがブランドのステークホルダーになっている面もある。
また、現代では愛着を持っている顧客でもない世間もブランドに対して印象という名の影響力を持つ時代でもある。ブランド側が発信するメッセージを(反射的に視覚情報のみを摂取しがちな)ユーザーにどのようにの伝えていくかについては、ブランドとユーザー双方向のコミュニケーションも必要と感じる。
視覚的訴求力が生み出すオリジナリティ
デザイン事務所Base Designは建築事務所Hastingsと組んで、Way Forward Signageというプロジェクトを行なった。人々が既に馴染んでいる交通標識のような「サイネージ」をベースに、シンプルなグラフィックスと見出しを統一規格としてデザインし、パンデミック渦の注意事項を表現した例である。
削ぎ落としたまでのシンプルだが具体性の高いグラフィックと言葉の組み合わせである。個人的には、一般的なピクトグラムや、アイコンよりも特別に惹かれる「圧倒的なわかりやす」がこの案件に関しては感じられた(日本でパンデミック渦に使われた注意標識としていろいろあったが、一番見かけたのはいらすとやだったかな…)。
サインではないものの、Otl Aicherというデザイナーが記号的に描いたドイツのイズニーの街はものすごく魅力的で好きな作品群である。よかったら検索してみてください。町おこしのブランディングにも使われています。グッズ欲しい。。。
ブランドにおいても視覚的な訴求時に、わかりやすさ/魅力/印象付の設計は(少なくとも視覚的な要素が好きない人には)、基本であり、強い印象付けとして有効である。
データジャーナリストのモナ・チャラビーさんは、情報取得における弱者へ有益なデータを届ける観点からグラフやデータを手書きで描く(自動で生成されたものではなく)というアプローチをとっている。
インスタグラムをベースにリテラシーの高い層だけに限定しない、広範囲のオーディエンスへ届けるための施策である。データの視覚化を生業とするクリエイターたちの多くは、ありのままのデータを閲覧者たち自身が解釈しやすいようにすることを心がけている。
他方、彼女はそのデータからストーリーを伝えることに主眼を置いている。その表現として、データを手描きで「描く」ことを行なっている。それは、そもそも論として、データそのものが決して正確なものではないということを表現している。例えば、線ひとつをとっても直線として描かないことで、どんなデータにも誤差が発生していることを伝えている。
本人曰く、「客観的であることなどを装うつもりもない」と。
人は数字で説得される。データを正確に伝え、それぞれが自分たちで解釈できるようにする「客観性」が重要であるという一般的な常識と離れた解釈で「ストーリー」をデザインするというモデルである。ストーリーがある方が人々は理解しやすい。
情報設計において、客観性を主軸としていないストーリーを伝えるという手法は展開次第では、悪意のあるミスリードを発生させる危険性も同時に発生しかねないため、ストーリーであることが目視で判断できるようにすることは重要である。ドキュメンタリー作品同様に、客観的なデータを提示しているようでも、常にデータは提示する側による(意図する/しないは別として)設定が入る。
メッセージのデザインは、誰もが客観でないことはわかるものの(宣伝含め)、データのデザインが作り出す幾何学的で整然として視覚表現は「客観」だと人びとが信じられるものとなる。ビジュアルデザイン分野をバックボーンとして持ち、サービス/ブランドを展開する側の者として、メッセージや、メッセージに添えるデータの表現手段に関して「魅力」「訴求」に加えて、「倫理」的な視点を心がけて、良いものを作っていけると良いなと思う。
ブランドによる販売の再定義
オムニチャンネル
ゼロ年代に、Amazonが大成功の傍、Amazon的なECサイトが乱立した。結果、その流れと拮抗し、D2Cブランドの台頭が発生した。ウォートン・ビジネス・スクールからでた眼鏡ブランドのワービー・パーカーは良い例である。D2Cブランドとして出発したものの、現在は実店舗展開も行なっている。対して、Appleのように実店舗を重視する企業もある(他方、Microsoftはパンデミック以降直営の実店舗を全て閉鎖している)。
NikeはD2Cブランド型のアプローチに近年よりシフトしつつある (Nike App等)。デジタル上の顧客体験とリアルの店舗体験を組み合わせた新コンセプト店舗のHouse of Innovationを展開以降、その組み合わせで(オムニチャネル)経由したユーザーは一般ユーザより30%よりエンゲージするという結果が出た。
オンラインで全てを済ませるという命題を掲げていた企業も成長や拡大とともに、結果的にはオムニチャネルを用いる、オンラインと実店舗のミックスが盛んになってきた。
オムニチャネルの概念自体は1999年にパコ・アンダーヒル氏によって既に提唱されている。そこで、彼は実店舗にはある程度の予測可能性があると述べている。
まだダイヤルアップのインターネットが主流だった20年以上前にも、ある程度このような提言や予測がなされている。
我々は現実空間では身体という制約が存在する以上、実店舗では物理的な導線を辿らざるを得ないのに対し、オンライン空間では導線設計は行うものの、ユーザーは身体的な制約がないため好き勝手に動くことができる(設計者の完全な思い通りにはなりませんよね)。
わたしは、実店舗とオンライン店舗それぞれの展開において、基本だが一番大きな違いとして、やはり前者は身体性、後者は感覚・感情に重きを置いていると認識しているといった差が根本的に存在し、それらを利用したデザインが特に重要だと思っている。もちろん、オンラインでもUIを操作するための指や手や目の動きといった身体性や、実店舗でも感覚や感情に呼びかける設計は重要ではあるものの、何を基本として意識しなければならないかとして。
良くできたUXのECサイトと、現実世界を模した「バーチャル店舗」なるものを比較した際に、後者に対してはどこかまだ「違う」感覚が私にはある(今後メタバース世界で変わるのかはわからない)。それぞれに最適に進化した体験をつくっていき、オムニチャネル的に融合していくことの方が現段階では正解だと感じている。
バーチャル店舗が実店舗を模して作り出す体験よりも、良いUXのサイトで比較・検討・決済が素早く手元で行えたりすることの方が快適でると感じる。また、パンデミック渦で行われたバーチャル展示やバーチャルライブやフェスは楽しさが半減どころか途中で「どうでも良い」と感じ、通しで見る・体験することはなく、ライブよりもアーカイブで観たり、結局観なかったり。。。と。
対して、デジタル表現でしかできない、表現や体験をオンラインで観るのは面白いし、生で観るライブや展示作品などには圧倒されるものがある。オンライン、現実空間、どちらかが片一方を模したり寄せることによりも、それぞれの空間に最適化された表現を追求/洗練させ、オムニチャネルとして融合した総合体験が最も効果的に思えている。
Nike
2019年にFast CompanyはNikeを、フィジカルとデジタルを融合させるという、ビジネス上での最も大きなチャレンジの成果として、その年の「デザイン企業」として取りあげた。
Nikeのマイク・パーカー氏によると、
個人的に、子供の頃から大好きなブランドでもあるNikeに対して、私自身の接点としてもモバイルアプリを活用することが近年増えている。
普段、アプリよりもブラウザの方が便利だと思うことも少なくなく、ブックマークや検索といった観点からよくウェブサイトの方を利用することは多いものの、「顧客接点」のためのデータ収集、双方向のコミュニケーション構築、ブランドの世界観の提示のため、モバイルアプリは有効な例だと感じたりもする。
「アプリ化」して展開する際には、単にユーザーにとって便利である。スマホ最適化などといった観点ではなく、「顧客接点」、「コミュニケーション」、「オムニチャネルへの足掛かり」など明確な目的をベースに開発や運営を行わないと意味はなく、たそれらを含めてどうデザインしていくかということが、ブランドごとが今後販売の定義を行なっていくうえで重要だと考えている(無駄になんでもかんでもアプリ化してもwebより使われないオチなので)。
Warby Parker
LAのベニスにあるD2C眼鏡ブランドのワービー・パーカーが展開する実店舗は、なんなく快調に営業しているように見えるものの、その背景では、非常に巧みに設計が施されているという。NYのベンチャーキャピタルファームのレーラー・ヒッポーのベン・レーラー氏によると、ワービー・パーカーは全ての顧客接点に対してこと細く取り組んでいるという。
また、類似サービスはただ眼鏡を売ろうとしているだけである。テクノロジーを基にしたライフスタイルブランドというアイデアに対して投資ししていると。
創業時には、自分たちは、e-コマース企業のひとつとしてカテゴライズされていたものの、自分たちのことをそうは思っていなかったと。
眼鏡にまつわる周辺も含めたライフスタイルをブランド価値として発信している。またブランドの価値として、新興企業だからこその若年層世代へブランドに対するオーナーシップを持たせる発信(SNS戦略/目上世代のブランドではないイメージ戦略)、ブランドが発する社会貢献的なイメージやメッセージ(サステナビリティ含)、既存眼鏡業界プレイヤーに対する不満(価格・ブランドイメージ)などを総合的に取り込んできた。
ひとつ、オムニチャンネルとして弊社のサービスと関係が深そうな点として、眼医者による検眼を経た処方箋が必要となり、完全なオンライン完結ではいかない業種であるという点である。
D2Cで販売を行ったうえで検眼目的での来店が発生し、店舗の存在意義が高くなる。保険も同様にオンライン完結できない商品も含まれているため、クロージングを含めたアクションとしても現在、保険相談の実店舗が存在している。
保険相談系のものも、それぞれウェブサイトは存在しているが、どのようにオムニチャネルとして成熟していくかは今後の見どころとなる世界である。
商品をオンラインで購入してピックアップするというオムニチャネルの形態は年々各社が取り組んでいる。私も、店舗営業をしている際には、いつでも受け取りに行けたりするのが便利で使うこともある。また、店舗側にとっては、同時に他商品の訴求を出来る場ともなる。
ブツとして存在しない、金融商品やサービスなどにおいても、クロージング(行法的にな面でも、顧客に対する納得感的な面でも)や関連する商品やサービスの紹介などでは今後一層オムニチャネル化が進んでいくとは思う。
リアルの必要性やニーズに、バーチャルの利便性に加え、それぞれのチャネルにおける体験の違い、融合性含め、価値付けがリテイル系のブランドにおける価値のひとつの基軸となることは明らかだと思う。
Fast Companyは総合的なビジネスをテクノロジー + デザインのイノベーションの切り口で取り上げている雑誌で、ニュースサイト、ポッドキャスト(オススメ!)などの配信も行なっています。ご興味がある方は是非!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?