#93 グリューワインで、覚悟を決める
ドイツはクリスマス・マーケット真っ只中だ。普段はだだっ広い中心街の広場に所狭しと仮設店舗が並び、ソーセージやバウムクーヘン、クリスマス・オーナメントやキャンディー、そしてなんといっても名物のグリューワインの屋台が並ぶ。子どもたちが喜ぶメリーゴーランドもあちこちにある。
可愛いハウスビール
毎週土曜日は、中心街から少しだけ歩いたところにあるパブに行くことが多い。日本でいうところの大ジョッキのビールが4.5ユーロ(約750円)と日本と変わらない値段で飲め、各種ドイツ料理も安く食べられる。土曜日にいる店員さんは決まっていて、行くと必ず、
と聞かれる。そのパブのハウスビールはうすにごりの辛口。ピルスとヴァイスの中間的な味で、丸くて可愛いジョッキで出てくる。写真はそのハウスビールと、名物のイェーガー・シュニッツェル(豚肉のカツレツのマッシュルームソース)だ。
パブでは一人で
ヨーロッパは、意外かもしれないが「なんでも誰かと一緒に」の文化だ。レストランに一人で入っているのは、ほとんどの場合アジア人のみで、図書館で勉強したり、大学の学食でお昼を食べたりするのも、なぜか集まって行動する人が多い。
日本では一人旅や一人でキャンプする「ソロキャン」が人気だが、彼らが聞いたらびっくりするだろう。個人主義が徹底している国なので、逆に人と一緒にいたいのかもしれない。日本は常に人の目を気にする文化なので、食事や旅行の時くらい一人にしておいてほしいのかもしれない。
そんなドイツで、貴重な「一人でいても浮かない場所」が、パブだ。一人でビールを飲みながら、考え事をしたり、本を読んだりしても変な目で見られない。その日も、一人で食事をして、note 仲間の記事を読んでいた。するとめずらしく、おとなりさんに声をかけられた。
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おとなりさん
おとなりさんはこの街生まれのドイツ人で、年頃も似た感じだった。話し相手が欲しかったのだろう。
詳しいことを聞かれたくないので、いつも「AI ですね〜」でごまかす。でもそこで勘弁してくれた人はいない。さらに会話は続く。
実はここまでの会話、ほぼ同じ会話を、先月友人を訪ねたシュトゥットガルトでしたばかりだ。先の投稿「#76 焚き火のにおいと一期一会」で焚き火をご一緒したドイツ人との会話が、オレオレ詐欺の部分以外は上とほぼ同じだった。
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天職となったトピック
周囲の研究員たちは、ほとんどの場合、「自分が〇〇に興味がある」あるいは、「〇〇研究の予算枠で採用された」という理由で研究トピックを選んでいる。まあ、普通そうだろう。しかし、僕の場合は少し違う。僕の場合はこうだ。
このバックグラウンドから、「生成 AI がデフォルトとなる時代に、人間と AI が言語活動をどう分業するか」という、大変重たいテーマで僕は採用された(ドイツの大学では研究員は特定のテーマで採用される)。日本では生成 AI の登場で、「もう文章を自分で書かなくてもいいかも!」と考える人も出始めているようだ。大人の場合はそれでいいかもしれないが、子どもたちが最初からその発想で育ってしまうと、今の大人と同等の論理的・抽象的思考そのものができなくなる、と僕は危惧している。
このあたりの内容は、先の読書記事「#47 『ルポ 誰が国語力を殺すのか』」で紹介した、次の本を読んでいただきたい。僕がこの本を紹介すると、「またか……」と言われるが、本当に大切なことが書いてある名著中の名著だ。
僕の研究テーマは、今興味があるとか近々お金になりそうとかではなく、これまでの自分の半生の集大成だ。興味・関心や流行を通り越えて、「天職が降ってきた」と思った。自分の意志でというより、何かに導かれるように、ここへ来た。
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グリューワインで、覚悟を決める
でも、かなりしんどい。知らない土地で焚き火の輪に入っても、一人で週末にパブへ行っても、「お仕事は何を?」の会話に入ってしまえば、ほぼ上の流れになり、自分に与えられた大きすぎるトピックに引き戻され、押しつぶされそうになる。
おそらく、フィンランドのサウナでロウリュをしていても、アブダビでラクダの背中に揺られていても、研究内容を聞かれれば、あとは大抵同じ流れだろう。それほど、今世界中が注目していることを専門にできて、本当にしあわせだ。でも、どこかで研究テーマから解放された時間が欲しい。
上の彼と別れた後、家に帰るためにトラム乗り場へ向かった。街はクリスマスマーケットで賑わっている。時間を見ると18:30、まだ早いので屋台でグリューワインを一杯もらう。ワインにハーブを加えて温めたホットワインで、周囲はほぼ全員がグリューワインを飲んでいる。そろそろ雪も降ろうかという寒さの中でのグリューワインは最高だ。
なぜか涙が出てきた。昔オーストラリアで言語教育の研究をしていた時は、「この研究をしても、ほとんどの人に影響はないだろう」と感じて、悲しかった。もっと多くの人に影響のあるような、重要な研究がしたかった。
一転、今の研究テーマは、おそらくこれから生まれてくる子どもたちすべてに関わる内容だ。「知性とは何か」が根本から変わろうとしている。神様がいるなら、「あの時、もっと重要な研究がしたいと言ったから、与えてやったんだぞ」と言われそうだ。試されている、と感じる。
今は、登るべきそんなピラミッドが大きすぎて、手前で怯えている状態だ。実際に登り始めたら楽しいに違いない。そう思って研究への覚悟を決めた、クリスマスマーケットの夜だった。
今日もお読みくださって、ありがとうございました🍷🎄
(2023年11月29日)