諦めて、泣いて、noteに出会う。
呑んでるから、正直に言う。
noteのスキ制度、スキ。
いいね!じゃない、スキ。
やばい。
普段、スキとか言われないし。
子どもがちっちゃい頃は、お母さん大好きーとか言われてたけど、
今じゃ、BBAとかKSBBAとか言われてる42歳クソババア。
呑んでたらいきなりダイブしたり、鼻くそほじった指をうぇーいとかやるから、仕方ない。
自業自得だと、わかってます。はい。
そんなBBAにスキがやってくる。
そんな奇跡を一ヶ月前の私は想像していただろうか。
noteを始めたのは、子どもみたいに泣いた夜の次の日。たぶん。
一ヶ月くらい前、たぶん。
エゴの申し子である私は、自分の価値に対価が給付される仕事に憧れていた。
それが何って聞かれてもよくわからんけど、まあ、私じゃないとできない仕事ってやつに憧れていた。小説家とか絵本作家とか詩人とか。
脳内を可視化して、お金を稼ぎたかったんです。
しかし、結局サラリーで生活している。ただの歯車だ。
そんな自分の生業をどうにかしたいと、仕事と子育ての片手間で色々とやってみたけど、どうにもならなかった。
どうにもならないんだと諦めて、歯車を受け入れたのはよかったが、この私の欲求をどう消化すればいいのだろう。
欲求はなかったものにしよう。
他で楽しいことを見つけよう。
そう思ったけど、できなかった。
できなくて、泣いた。
悲しくて、悔しくて、泣いた。
そんな欲求があるにも関わらず、自分をセーブしていることが悔しかった。
そして、それを理由に自分の才能のなさを認めきれない自分も恥ずかしかった。
夢を語れず、努力もせず、生活に逃げている。
自覚するのに、何年かかったんだろう。
私は、考えることをやめてアルコールを摂取する。
思考はアルコールで麻痺して、とりあえず泣いた。
もしかすると、悲しくも悔しくもなかったのかもしれない。
ただ、泣くのが気持ちよかったのかもしれない。
次の日(たぶん)、吐き出すように、自分のことを書いた。
ただ、書きたかったから書いた。
そして、noteを始めた。
私のことを知らない人が、読んでるか読んでないかはわからないけど、スキをくれる。
あまのじゃくな私は、そのスキは指が当たっただけかもしれないと思ったりもする。
でも、スキって書いてある。
それだけで嬉しい。
書きたいことを書ける。
そして、それを読んでもらえる。
さらには、スキがもらえる。
なんて、すばらしき世界!!
この世界が、もしかしたら私の虚構かもしれないと思うくらいの妄想人間だけど。
虚構だとしても、この世界は素晴らしい。
せっかく呑みながら書くなら、つまみはもつにこみにすればよかった。
七味唐辛子をたっぷり振って。
ビールはキンキンに冷やして。