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仕事終わりの誘惑に負けるな!

夕刻。

私は仕事を終えると家路を急ぐ。時刻は17時半を少し過ぎた頃。季節は7月。うだるような暑さに眩暈がする。外に出ると、コンクリートから水蒸気がもわもわと立ち上っているような感覚を覚えた。今年も猛暑かもしれないと、私は頭をもたげる。

こんな日は、ビールが飲みたい。

帰るなり冷えたビールを冷蔵庫から取り出して、プシュッとプルタブを起こす。グラスにしっかりと冷えた黄金の炭酸飲料をゆるゆると注ぎ、ふわふわとグラスのフチまで泡立っていくのを眺める。空になったアルミ缶をテーブルの上にかんっと軽快な音を立てて置く。先ほどまでアルミ缶を握っていた右手で、並々とビールが注がれたグラスを持ち、口紅の剥げた唇にそっとグラスのふちを押し当てる。グラスを傾けて、少し苦味のあるシュワシュワとした刺激の効いたビールを、舌で、喉でと味わって胃に収めていく。そんな風に、私はビールを飲みたい。


だけど、今日は休肝日なんだよなぁ。

私はため息をついた。深い深い絶望のため息。湿度の高いコンクリートの上に落ちていくため息を振り払うかのように顔を上げると、頭の中で天使と悪魔が会話を始める。

「破っちゃえば? 自分で決めたルールなんて」
「そんなことしちゃダメよ。自分を律してこそが全て」
「そんな堅いことばっかり言ってると、ストレス溜まるよ?」
「飲んだ後、後悔するのが目に見えてるわ。ここはグッと我慢よ、レオン」

でもなぁ。でもさ。暑いやん。
仕事も頑張ったんやけど。

そんなことを考えながら、私は自転車を漕いだ。無心で漕ぎ続けるペダルは、いつの間にやら私を家へと連れていく。ビールを飲むかどうかの決断もできないままに、私は自宅へ到着した。

もう、今日は飲まない。
初志貫徹。有言実行。万里一空。力戦奮闘。

休肝日の私の志は高い。ビールは私とビールの間にある高い高い壁を越えてこちら側にやってくることはできないのだ。
そんな決意を胸に、玄関の扉を開けた。


すでに帰宅し、美味しいビールを飲んでいた夫が私を出迎えた。

「おかえり〜」
「ただいマスカルポ〜ネ〜」

そして夫は冷蔵庫を開けて缶を取り出した。
「これ、もらったけん、飲みな」

何それー! うまそー!

初めてみるサッポロビール。

誘惑。

さっきまでの天使と悪魔の問いかけに、一石を投じたのは我が夫だった。彼は天使でも悪魔でもない。無邪気に仕事終わりの酒を楽しむ男。自宅ではさながら神のように振る舞う男。

私は、神のお言葉を受け入れることにした。

「え〜。今日は休肝日やったのに。おとんがそんなに言うなら、せっかくやし頂こうかな。ありがと〜」

そんなにと言うほど勧められてはいない。今日、飲めとも言われていない。私は全てを夫のせいにして悪魔の誘惑に負けただけだ。

悪魔に魂を売った私は、夫から見たことのない缶ビールを受け取った。帰宅時の想像通りにプルタブを起こす。イメージではグラスに注ぐ予定だったが、あまりに喉が渇いていたため、そのまま缶に唇を押し付けた。きっちりと冷えた缶に外気と同じぐらいに熱を帯びた唇がペたりと触れる。そのまま冷たい缶を傾けると、小さな缶の口から泡だったビールが私の口の中に流れてきた。とぷとぷと舌に冷たい飲み物が当たる。

「何これ! おいしっ! なんか軽いけどフルーティーでちゃんとビール!」

私は一口飲むと残りを一気にグラスに注いだ。今度は妄想通りにビールを流し込む。熱を帯びた喉を冷えたビールがしゅわしゅわと滑り落ちる。

あぁ。コレコレ!
休肝日とか関係ないZE!


という気分になってその後もお酒を飲みましたとさ。


意志薄弱。悪酔強酒。美酒佳肴。勇猛果敢。自由奔放。仕事終了。麦酒最高!!!!!





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